「上場しない」「失敗を奨励」という経営哲学――マルハレストランシステムズ・小島由夫氏(後編)嶋田淑之の「この人に逢いたい!」(3/3 ページ)

» 2008年02月01日 19時48分 公開
[嶋田淑之,Business Media 誠]
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「手段戦略」の効果的な運用

 老舗感・本物感のあるレストランビジネスの展開を目指す場合、すべて自前でやろうとすると何十年もの歳月と莫大な資金・マンパワーが必要となり、現代の経営環境の中で実現することは難しい。

 となると、「手段戦略」を効果的に運用する必要がでてくる。小島氏が着目したのは海外老舗レストランとの「アライアンス戦略」である。このアライアンスを実現するため、小島氏は腹をくくり、マルハから籍を抜いて、自らベンチャー企業のオーナー経営者的立場で相手の懐に飛び込んでいった(参照記事)

 やがてこの「アライアンス戦略」は、同社が海外老舗レストランを日本へ誘致する場合の定石となり、さらに「アライアンス型経営」へと発展していった。すなわち「アライアンス」が、一手段戦略のレベルを超え、経営の在り方そのものになったということである。

 なお、小島氏の志向するアライアンスは、旧来型の「合弁企業」設立でない点は要注目である。日本の税金の高さが海外企業誘致のネックになっている以上は、合弁企業形式は不利と判断し、協同組合方式を採用している。

ニルヴァーナニューヨークは、ニューヨークの名店を東京に復活させるというコンセプトで開店した。キーワードは“老舗感”“本物”“高級感”

「鳥瞰図」的視点と「虫瞰図」的視点の使い分け

鳥瞰図(上)と虫瞰図(下)

 鳥が空を飛んでいる時に目に映るであろう景色、すなわち俯瞰的な景色を「鳥瞰図」という。それとは逆に、小さな虫が森の中や地面を動く時に目に映るであろうディテールに満ちた景色が「虫瞰図」と呼ぶ。

 経営的な文脈で言えば、「鳥瞰図」的視点とは、自社を取り巻く環境やその中における自社の立ち位置・力量を、やや突き放したところから相対的・客観的に把握する視点である。それに対し「虫瞰図」的視点とは、「現場」の錯綜した状況の中から有益な情報を、自分の経験から直感的に把握し、即時対応する視点である。

 小島氏の経営手腕が傑出しているファクターの1つに、この両者の適切な使い分けがある。

 「鳥瞰図」的視点を発揮した最たるものとしては、「自社分析能力」が挙げられよう。経営学的には「SWOT分析」(強み・弱み/機会・脅威分析)として知られるものだが、小島氏はその分析能力が群を抜いているのだ。

 小島氏は言う。「失敗するのは、最初に目標を設定するからなんですよ。その目標を達成するための強みや弱み、機会や脅威を測定して戦略策定するものだから、結局、身の丈以上の無理をして、最終的に目標未達を招くんです。ですからまず最初に、自分たちには、何なら出来るのか、何が出来ないのかを明らかにすることが大切なんです。それをクリアにした上で、ではその中で何をやりたいか?という目標設定に移ってゆくことが必要です」と。

 こうした自社能力分析の賜物であろう、今後の在り方について、小島氏は次のように述べている。「経営には適正規模があると思っています。弊社の場合は、年商50億円くらいでしょうか。それ以上の量的膨張には興味がありません。適切な利益に留め、あとはクオリティ・アップに回すのが良いと考えています。必要以上の利益を追求しても短命に終るだけです。そうした意味合いで、将来にわたって株式上場は絶対にしません」。

 他方、「虫瞰図」的視点を際立って発揮している部分として注目されるのは、「海外現地のシステムやプロセスへの迅速かつ柔軟な対応能力」である。

 海外の現地のレストランオーナーたちと、どう折衝・交際していくか。どのようなシステムを採用するか――経営者自らが臆することなく飛び込んでゆくことで体感的・直感的に把握し、即断即決で対応していく。小島氏の現地への深い理解とこだわり、即断即決の対応が、マルハレストランシステムズの今日の成功をもたらしている。レストランビジネスの世界に限らず、これは日本の経営者として非常に優れたポイントであろう。

失敗を奨励する企業文化

 どんな会社であれ、その会社に特有の価値観、規範は存在するものだ。これを「組織文化」ないしは「企業文化」と呼ぶ。

 企業文化の中でも重要なものの1つに、「失敗への対処法」がある。日本では、昔から「信賞必罰」などと言って、失敗した者は、それなりの責任をとらないといけないように言われ、それが正しいあり方であるようにされてきた。

 しかし、環境変化の速度も規模も桁違いに大きい現代の企業経営にあっては、H.イゴール アンゾフの言う「部分的無知」の中での絶え間ない意思決定が求められていると言っても過言ではない。「実際損失」を懸念して意思決定を遅らせていたら、チャンスは永遠に去ってしまう。あくまでも「機会損失」を避ける方向での果断な意思決定が求められる時代である。そう考えた時、「失敗」に対する企業の対応は、非常に大切になってくる。

 通常、失敗に対しては3つの対応パターンがある。1番目は、旧来の大多数の日本企業が採用してきた「失敗の処罰」。2番目は「失敗の許容」。3番目は「失敗の奨励」である。

  失敗の「処罰」 失敗の「許容」 失敗の「奨励」
社内のモチベーション
経営姿勢 現状延長型 改良型 変革型
機会損失発生レベル
日本企業の対応 伝統的大企業の大多数 伝統的大企業の一部+ベンチャー型企業 一部の卓越した企業、少数
失敗に対し、どのように対応するか? (C)H.Shimada,2008

 小島氏は言う。「自分の人生や会社をダメにしてしまうような失敗は避けるべきですが、小さな失敗は大いに経験すべきだと考えており、社内でも常にそのように言っています。なぜなら、失敗があって初めて人間は成長するからです。自分のことが分かるようになるためには、『小さな失敗』という経験が必要なんですよ」。

 日本ではほとんどの企業が「処罰」型で、「許容」型企業は少ない。さらに「奨励」型を見出すことは大変難しい。小島氏の企業群が「奨励」型であることがどれほど価値があることか。これは改めて言うまでもないだろう。

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