「貯蓄はレストラン、投信は弁当、株は食材」――山口揚平×北原奈緒美 投資入門対談(1)山口揚平の時事日想・特別編

» 2008年01月29日 00時00分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

山口揚平(やまぐち・ようへい)

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 株式市場の混乱が収まらない。米国のサブプライムローン問題(低所得者向け住宅ローン)に端を発した世界同時株安――。保有していた株が急落して、「やっぱり株は怖い」と痛感した人も多いのではないだろうか。だからといって「株には投資しない」と考えるのは早合点だ。

 逆風が吹き荒れる株式市場だが、ここは改めてもう一度、「投資とは何か?」を振り返るチャンスではなかろうか。すでに投資を始めているが“儲かっていない”人や、「興味はあるけど、どうやって始めればいいの?」といったビジネスパーソンに向けて、Business Media 誠で時事日想を連載している山口揚平さんと、マネー関連雑誌の取材や執筆で活躍している北原奈緒美さんの対談を企画した。2人からのメッセージを、3回にわたってお伝えしていく。

「社会的な視点」と「個人的な視点」――2つの視点から見るべき

――日本政府は経済成長を促すため「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズを掲げ、投資の必要性などを訴えています。個人の預貯金が投資資金の方へ流れていますが、どのように思われますか?――

山口揚平(以下、山口) 「貯蓄から投資へ」というコンセプトには賛成です。ただ「社会的な視点」と「個人的な視点」という、2つの視点から見ていく必要があります。

 社会的な視点から考えると、投資をすることはいいことです。投資というのは、お金を流通させて社会のエネルギーを創造させるもの。そのエネルギーを回すという意味では、投資は大切なことです。しかし投資には、“愛”がないといけない

北原奈緒美(以下、北原) 愛とはどういう意味ですか?

山口 例えば子どもにおこづかいをあげるときに、500円にするか1000円にするか迷った場合、それは親が子どもの将来を考えて迷うわけです。「たくさんおこづかいをあげすぎたら、子どものためにならないのではないか」と迷う、その意味で愛が含まれていますよね。私は「お金そのものには意味はない」と思っています。お金に愛が入ることが大切で、つまり投資と愛をセットで考えなければならないのです。

北原 ということは、愛がなければ、投資をしてはいけないと?

山口 社会的にお金を流すことは大切ですが、個人がお金を殖やすことを目的に投資を考えているなら止めた方がいいと思っています。

 もう少し詳しく説明すると、親が子どもに小遣いを渡す時、「お金を殖やそう」とは思わないですよね。「子どものためになる」など、親の思いや願いがあって、小遣いを渡しているはず。投資をする際も同じです。お金が殖えることを最優先に考えるのではなく、お金を会社に提供することで「社会と自分に価値があるもの」と考えることが重要なんです。

北原 個人がお金を殖やすことだけを目的に、投資をするのは止めたほうがいい、ということですね。もう1つの“個人的な視点”は、どういう意味ですか?

山口: 個人的な視点から見ると、投資をすることよりも貯蓄のほうがいいと思います。生活を安定させることを考えると、貯蓄をする方がいい。

 「この株は上がる」といったことを、よく見たり聞いたりしますが、株価のことは誰にも分からないですよね。どうなるか分からないものに対して、大切なお金を投資するべきではないと思うのです。

北原 私も山口さんと考え方が似ていて、貯蓄ですむのであれば貯蓄のほうがいいと思っています。ただ時代は変わってきていて、銀行にお金を預けているだけでは、なかなか殖やすことができない。自分たちの親や、お爺ちゃんお婆ちゃん世代の場合、銀行に預金を預けていれば高い金利が付いたので、将来の心配はあまりしなくてよかった。だけど私たちの時代は、会社を退職して、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても(銀行に預けていては)お金を殖やすことができない。

 年金がどうなるか分からない時代なのに、それでも自己責任でお金を殖やしていかなければならない。低金利に加え、年金があてにならない中で、どうやってお金を殖やしていけばいいのか? は大事な問題です。例えば「家族の将来を考えた場合、どのくらいのお金が必要だろうか」と考えてお金を用意しなくてはならない。貯蓄は大切だが、投資も考える必要があるのが、今の時代ではないでしょうか。もちろん、人によって動機は違うと思いますが。

100万円を倍にするには435年かかる

山口 投資にはいろいろな方法がありますが、株式投資についてはどのように考えていますか?

北原 株式投資であれば「今後この企業がどうなるのか?」を調べるのが重要です。企業のWebサイトを見て「何をしている会社なのか」「将来どうなるのか」など、まず企業に興味を持つことが、株式投資の第一歩ではないでしょうか。そう考えると投資の基本は、企業を“愛する”ことでしょうね(笑)。

 山口さんは、「貯蓄と投資は違うもの」と考えていますか?

山口 貯蓄と投資の本質は同じだと思います。銀行は、私たちが預けたお金(=貯蓄)を使って企業に融資しています(=投資)。つまり預金しているお金は、間接的に投資をしていることになるからです。

 ただ、(投資と比べて)貯蓄のデメリットは“中間コスト”が高いことです。銀行は預かったお金を企業に融資しているので、そこでコストがかかってしまう。例を挙げると、株式投資はスーパーで食材を買うようなもので、投資信託は“お弁当”といったとこでしょうね(参照記事)。投資信託は貯蓄よりもコストは安いが、株式投資よりは高いですから。

北原 例えが面白いですね。数多くある金融商品の中で、株式投資をどのように位置付けていますか?

山口 為替差益などで儲けることができるFX(外国為替証拠金取引)では、マクロ経済を理解していないと、有利なポジションに立つことが難しい。つまり国の財務諸表を把握できないと、ギャンブルと同じでただサイコロを振るようなものになってしまいます。

 しかし株式投資はミクロの世界であり、対象は企業だから理解しやすい。もし企業のことを把握できるのであれば、株という食材を買ったほうがいい。だけど「企業のことはよく分からない」人は、投資信託という弁当を買うことをお勧めします。

 北原さんは投資のメリットを、どう考えていますか?

北原 今100万円があるとして、これを銀行に1年間預けるといくらになっているか? 預金金利の平均は年0.199%(注:1月28日現在)で、1年後には100万1990円(税引前)になります。この100万円を200万円にしようとする場合、金利を年0.2%として計算すると、435年かかる。435年前といったら、織田信長や豊臣秀吉が現役で活躍していたころですよ。つまり自分の資産を(貯蓄で)倍に殖やそうとしても、生きている間は不可能ということです。

 もちろん投資というのは資金を倍にするのが目的ではなく、老後の不安を取り除くことを優先しなければなりません。とはいえ、どうやったらそれが可能なのか、その方法を考えると、投資を避けて通るのは難しいですよね。

山口 それでは、投資のデメリットは何でしょうか?

北原 当然ですが、元本を割る危険性があることです。ただしその一方で、預金金利を上回る可能性もある、要するにメリットとデメリットは背中合わせだということです。いきなり株式投資をする人にとって「銘柄を選べ」と言われたら、戸惑うかもしれません。銘柄を選べない人には、投資信託も選択肢の1つだと思います。

(→中編に続く)

北原奈緒美(きたはら・なおみ)

野村證券出身で、現在はUFPFフィナンシャル・サービス株式会社シニアマネージャー。日本テクニカルアナリスト協会研究一部幹事。レギュラー執筆は株式新聞水曜日版のコラム「マネーサプリ」のほか、株式にっぽん毎月15日発売号ではチャート分析をする「チャートでチョイス」を担当。また、インタビュアーとして企業トップとの対談も手掛けている。テクニカルアナリスト、ファイナンシャルプランナー。


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