Wii Fitが“続く”3つの理由 郷好文の“うふふ”マーケティング:

» 2008年01月17日 12時08分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

 お正月太り、してませんか? 今年の年末年始は休みが長めで、しかも1週間働いたらすぐに三連休という“休日リバウンド”。そろそろヤバイ、と自覚している人も多いのでは。かくいう私も、本来はこまめに継続して運動するタチながら、最近は寒さもあってサボリ気味で“脳内運動”になりがち。そんなとき「あぁ〜これ!」と思わず指をさしたプレスリリースがあった。

じつは! 座椅子兼腹筋トレーニング用具

 そのプレスリリースとは「ミズノ、座椅子としても使える腹筋トレーニング用具『じつは! 腹筋くん』を発売」というもの。「じつは! 腹筋くん」は、スポーツ用具メーカーミズノの、お手軽な家庭トレーニング商品である。

 プレスリリースを見て、「ハハ〜ン」と思った。ネーミングの「じつは」がミソで「(じつは)腹筋もできたんだ、この座椅子」となるわけだ。“くつろぎながら、お手軽に腹筋運動”+“普段は座椅子として違和感なくリビングにおける”の両方を満たしている。

「じつは! 腹筋くん」は、腹筋運動もできる座椅子。2万円なら、故郷の父母にプレゼントもできる

 足固定シートと背もたれの角度は自在に調整できる。足固定バーがあるので、効果的に腹筋運動ができそうだ。ちょっと狭いが背筋運動も可能かもしれない。ミカンを食べながらギッタンバッコン運動、ここまでなまけ者に優しい商品は、今までなかった。

なまけ太郎となまけっ子を増やしてきたフィットネス商品

 振りかえれば、フィットネス商品はなまけ者累々の歴史である。ぶら下がるだけで背骨矯正という「ぶら下がり健康器」は大ヒットした。そして「君はきっとこれを買う」というユリ・ゲラーのCMが懐かしい「ルームランナー」。スプーンは曲げても、なまけ心を真っすぐにはできなかった。

 最近のヒットなら“Joba”。乗馬ポーズでまたがって腰を揺らすダイエット機器だ。同僚Y氏宅にはJobaがあるそうだが、メタボリックは解消されただろうか? ……う〜ん、失礼だが見た感じは変化がないようだ。「そういえばウチには馬がいたんだ」と“お鞍入り”になっていないだろうか。

 メーカーは「お手軽なら続くでしょう」という商品を開発し、消費者も「お手軽ならなんとか」とレジで誓いをたてる。ところが減価償却前に在庫処分になる。“お手軽でなまけものを撲滅!”という狙いが、なまけ太郎となまけっ子をますます世の中に増やしてきただけともいえる。

フィットネスを“娯楽”にしたWii Fit

 なまけ者たちの心に一石を投じたのが、任天堂「Wii Fit」。2007年12月から発売後1カ月で、100万台を突破した。Wii本体とWii Fitをセット購入する人も多い。

バランスボードに乗って、ヨガや筋トレなどを楽しめる「Wii Fit」

 「家族の健康」がテーマのゲーム・Wii Fitは、バランスWiiボードに乗って「遊ぶ」。メニューはバランスゲーム、有酸素運動、ヨガ、筋トレの4つで、毎日続ければ「バランス感覚を養う」「体内脂肪を燃焼する」「姿勢を改善する」「ひき締める」などの効果をうたう。体重はもちろん、重心バランス、BMI(肥満度の指数)、運動能力の現在値と目標値を見比べて続けられるのがいい。

 Wii Fitもまたお手軽路線の王道にあることには変わりない。けれどお手軽だけでなく、ゲーム屋ならではの切り口から長続きさせる工夫があるのがポイントだ。その要素とは3つ。「育てる」「励ましあう」そして「ジャンキー」だ。

画面内の“自分”を痩せさせる

 自分の体をゲームの主役(Mii)にして「育てる」。ひと頃ペットを育てるゲームが流行ったが、Wii Fitではペットを自分のからだに置き換えた。“かわいいね、良いペットに育ってね”の代わりに“お腹よひっこめ、体脂肪よさらば! ほらもっと走れ!……”と自分のからだを育ててゆく。

 Wii Fitにおいては、“Miiを育てる”とはたいてい“痩せること”。鏡で太った姿を直視するのはイヤだけど、バーチャルなMiiならリバウンドもゲーム感覚で受けとめられる、かもしれない。

 2つ目は「励ましあう」。私は長年のジョガーだ。近所をちょろちょろ走るだけだが、継続している。真夏にジョギングしていてヘトヘトになってスローダウンしたとき、通りすがりの見知らぬ女性のサイクリストから「ファイト!」と声をかけてもらったのが忘れられない。任天堂の宮本茂専務は「パパ、痩せたね」の一言がいいんだ、と言う。励ましあいに勝るものなし。

Wii Fitのジョギングで「バイバ〜イ!」と自分を抜いてゆく家族に、宮本専務はムッとしたらしい

Wii Fitで痩せるか、Wiiで痩せるか

 3つ目の要素は、ゲームがそもそも持っている“ジャンキー”さ。ゲームという“習慣病”だ。運動は続かなくてもゲームなら真夜中までやってしまう。ジャンキーというこの心理を利用して、フィットネスも習慣にしよう! というのは、ゲーム屋だからこその発想だった。

 フィットネス屋は「なまけ者さん、さようなら」という前提で器具やサービスを開発してきた。ゲーム屋は「人はそもそもジャンキー」という“凝り性心理”を利用したプログラムを組んだ。任天堂は人のジャンキーな性質を肌で知るからこそ、フィットネスの最大の弱点「なまける」に一撃を与えた。

 Wii Fitで自分のMiiを痩せさせるか、Wiiで寝食を忘れるゲーマーになって痩せるか。Wiiはそのどちらにも対応するのもすごい。

商品開発のポイントは心理開発

 なまけ太郎となまけっ子の心を読む。その心理を、恥ずかしさの撲滅、励ましあい、ジャンキー……と翻訳して開発をする。つまりフィットネス商品の開発とは“心理開発”なのである。

 もっと大きな視点で心理開発の課題は「平成心理」を読むこと。平成元年時点での未成年者と平成生まれ人口を合わせるとすでに5000万人を越えており、あと10年たたずに「平成B.C.(紀元前)」と「平成A.D.(紀元後)」の人口が逆転する。平成B.C.世代(=昭和世代)のフィットネス心理のカギは“危機感”、「どぎゃんとせにゃあメタボリック」だったわけだが、危機感にフォーカスした結果、築かれたのは流行の過ぎたフィットネス用品となまけ者たちの累々だった。

 その徹を踏まず、平成A.D.世代の心理のカギを解くと、それは“漂流感”と言えるだろうか。「こもる、頑張らない、落ちていく……」。あらら、平成世代も結局「どぎゃんしてもメタボリック」なのだろうか?

 ネット社会はますます進むから、セカンドライフのような仮想フィットネス世界ができて、ネット上のMii同士で励ましあおう! となるかもしれない。SNSならぬ“SFS”(ソーシャル・フィットネス・ソサエティ)とでも呼べそうだが、仮想世界をもシェアード・ファット・ソサエティ(脂肪共有社会)にして“なまけアバター”を置き去りにするようだとマズイ。

著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


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