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» 2007年12月25日 12時48分 UPDATE

山口揚平の時事日想: そして、お金の正体とは何か

お金は、世界中で通用するコミュニケーションツールの1つにすぎないはずだ。しかしなぜお金の価値は上下し、人はお金に振り回されるのだろう? 2007年の本稿を振り返り、改めてお金について考えてみよう。

[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

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トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 約8カ月に渡り、「お金の正体」を探るというテーマのもとでコラムを書いてきた。今週は2007年を総括して、そこから誠世代の読者に向けたメッセージを見出してみようと思う。

目に見える現象ではなく、その背景にある原因を考えること

 「保険会社」「投資信託」「マルチ商法」などのコラムで述べた一貫したメッセージは、それがもたらす自分にとってのメリットではなく、それを生み出す供給システムに目を向けるべきだということだ。

 我々は、欲(エゴ)を持つと短視眼的になる。ましてや金融商品とは、お金そのものを扱うものだから、なおさら欲が表に出やすい。だからこそ、このような複雑な金融商品に手を出す場合には、自分だけの目線ではなく“全体”を見通す知性が必要なのであり、それこそが金融リテラシーというものである。

 本当の金融リテラシーとは、お金を儲けるための知識や情報ではない。お金という“ツール”を有意義に使うための知恵の体系である。

お金は、コミュニケーションツールの1つに過ぎない

 「現代の不思議な貨幣論」で述べたように、貨幣とは価値を保証するものではなく、価値をつなぐ触媒(ツール)にすぎない。貨幣自身には価値はない。それは(中央)銀行によって保証された幻想である。結局のところ貨幣とは、信用を土台にした私たち人間のコミュニケーションの1つのツールにすぎないのだ。

 コミュニケーションツールの価値は、その汎用性とコミュニケーションの深さに比例する。例を出せば、昨今のドルの下落は、単に米国経済の失速だけが理由ではなく、ユーロを採用する国が増え、その経済圏が広がることによって、ユーロという“ツール”の汎用性、ひいては価値が高まったことにも要因がある。

 貨幣がコミュニケーションツールの1つに過ぎないというのは、ほかのコミュニケーションツールの存在を考えてみればいい。下図を見てもらえれば分かるように、通常、我々は言語や価値観、身体コミュニケーションなど多様な手段を用いて他人と交流している。

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 このように、貨幣を1つのコミュニケーションツールとして客観化することで、我々は、お金という得体の知れないものを冷静に見つめ直すことができるのかもしれない。お金に色はなく、お金に色を付けるのはいつも人間なのである。

 さて、貨幣は価格という一点交流を可能とする汎用性が最も高い(世界中で使用可能)ツールであるが、我々人間の深い思いを託すには不十分な存在である。その意味において、会社(カイシャ)という魂のこもった組織体の売買(M&A)や、環境問題などの倫理的問題を、貨幣を用いた経済取引で克服しようという方法には、違和感をぬぐいえないということについてもコラムでは述べてきた。

 また、我々はどこまでを貨幣で“取引”してよいのか? を線引きすることが資本主義の最も重要な命題であることを、「授業料のために『処女売ります』は“アリ”なのか」や「エコロジー ブームの中で、エコノミーの意味を考える」といった記事の中で紹介した。

若いうちにフリーランチを考える必要はない

 お金を使ってお金を得る“不労所得”という甘美な響きは、年金やキャリアなど将来不安を抱える私たちの心をくすぐる力を持っている。確かにこの世界が人間の感情という非合理的なエネルギーで動いている以上、市場(マーケット)にはいつも不均衡やひずみ、ゆがみが存在する。だからマーケットでうまいポジションを取れれば、あるときには利益を手にすることもできるかもしれない。

 だがそのような“ポジションゲーム”を、我々は個人としてやり続けるべきなのだろうか? 私はそうは思わない。

「自分軸」と「社会軸」を見極めるということ

 グローバル資本主義の名のもと、各国を自由に飛び回る貨幣は、大きな可能性を持っている。だが私は、直感的に思う。どんなに金融経済の世界が広く、自由に飛び回り、時に大金を得ることができたとしても、閉じた系の中で富の移転を繰り返すことはむなしい作業である。

 今年、大きな問題になったサブプライムローンなどから見えてきたことは、実態経済と金融経済の乖離幅の拡大である。早晩、現在の金融資本主義システムは修正を余儀なくされるだろう。そのような中で私たちが行うべきは、「いかに得するポジションを見つけだすか?」ではなく、「いかに自らが価値を生み出すか?」を愚直に考えて実行し続けることである。

 金は、移ろいやすく、人は残る。答えは案外、シンプルなところにあるのかもしれない。

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