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» 2007年12月20日 23時22分 UPDATE

郷好文の“うふふ”マーケティング: Think Store Different――アップルストアの秘密

ある土曜日の午後、銀座の歩行者天国でアップルストアを眺めていた。すると、10人に4人くらいが中に吸い込まれていく……アップルストアが人を引き付ける魅力、それは考え抜かれた“Differentな店づくり”にある。

[郷好文,Business Media 誠]

 さあクリスマスだ、贈り物をしよう! 「贈る相手はいるけれど、贈り物が決まらない。そして……告白もしたい」そんな人にアドバイスがある。街をぶらりと歩こう。ギフトの匂いがする方向に、足の向くまま気の向くまま。吸い込まれる店があれば迷わず入ろう。きっとお目当ての品がある。さあ、告白の準備はいいだろうか?

 ギフトに縁遠い私だが、なぜか吸い込まれた店がある。それはギフトの街、銀座の目抜き通りにひときわ輝くリンゴのマーク、アップルストアだった。

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アップルストアの引力の法則

 しばらく前に銀座を歩いていた。「そういえばアップルストアがあった」と思い出し、お店を眺めた。信号を渡り、店舗に近づくにつれて、なぜか足は店舗に向かっていった。数メートル先まで来たとき入りたいと思った。何が欲しいわけではない。買う予定もない。だが気がつくと入っていた。

 ガラスの開放感あふれるファサード(店頭)から吸人……いや、吸引されて、正面の丸い陳列台のiPod touchに吸い寄せられた。ぐるりと陳列された1台1台に人が居て、“touch”すらできない。赤いTシャツのスタッフが丁寧に説明している。お客さまの「ふ〜ん」という声、そして目の輝き。

 アップルストアのその不思議な引力を調査したレポートがある。“The 25-Foot Apple Store Tractor Beam(アップルストアの25フィートの引力)”。Piper Jaffrays社が米国のアップルストアで匿名調査をした。分かったのは、店頭から25フィート以内を通り過ぎる人の27%が店舗の中に吸引されるということ(参照リンク)。買う予定もないのに、思わず入ってしまう――私もそのグループに属したわけだ。

 25フィート=7.5メートル。銀座の歩道はせいぜい幅5メートルくらいだから、もっと引力は強いのだろうか。本当にそうなのか? と思い、12月15日土曜の午後、歩行者天国から店頭を見ていた。すると、なんとざっと10人に4人くらいが店内へ吸い込まれていくではないか。誇張ではない。おかげで、店内は絶えず混とんとしていた。

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1階の購買体験という秘密

 店舗の右手にiPod各種、左手にMacBookやiMacが並ぶ。自由にタッチできる。MacBookはアイコンのビジュアルがなめらかだなあ、ワンボタンのマウスには指が慣れないなあ……そんなことを思いながら商品に触っていたら、横から赤いTシャツのスタッフが声をかけてきた。「お分かりにならないこと、ありますか?」ジーンズにテニスシューズ、腕にはiPod touchを巻いた、温かい笑顔の女性スタッフだ。「まだ私はPCだから……」という言葉を飲み込んでしまった。

 ふと顔を上げると“FIFA”ワッペンを袖に付けたジャンパーの欧州人の大男4人がいた。15日はFIFAクラブワールドカップの決勝戦前夜。「明日試合なのに……」と思っていたら、どうやら事務局の面々のようだ。大男4人に囲まれた真ん中に、小柄な日本人の女性スタッフがいた。彼女はとても流ちょうな英語で説明をする。銀座店のスタッフは合計10カ国語に対応するそうだ。大男の一人が自分のiPhoneを見せて「いいだろ!」という一幕もあり、大きな笑い声がこだました。

 立ち止まっては商品に触れ、立ち止まってはまた触る人々。同じ機種でも曲やソフトウエア、接続する周辺機器が違うから飽きない。土曜のアップルストアはテーマパークのようだ。

ナチュラルな展示台は親近感演出だけでなく……

 ナチュラルな木製の陳列台(“Cashwrap”という)に商品が並ぶ。家庭のリビングテーブルのようなデザインで、下部は普通の店舗ならパンフレットや在庫品を入れるところだが、覆いもなく開けっぴろげ。自宅の机でMacに触れるような体験演出なのだろう。これなら車いすの人も製品にタッチできる。

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 アップルストアでは、タッチを促進するプラノグラム(棚割・陳列計画)が非常に緻密に作られている。機器の間隔が2人が並んで立てるようになっているのはもちろん、マウスの位置、リモコンの位置に至るまで、店舗規模とインテリアによって多少の違いはあれど、インチ単位で緻密に定めているのだ(参照リンク)

 テーブルでは“お客同士は隣合い、向かい合う”。そうすると、お互いのつぶやきがこだまするのだ。「へぇ〜!」「すごいね」とお客さま同士が知らず知らずに推奨し合う効果――そしてスタッフは“横からやってくる”。対面せずに、横から話しかけてくる。スタッフはお客と同じ方向を向いて、その機器やソフトウェアの機能・使い方を説明する。売り手というより奨める人という感じだ。固定レジは近い将来廃止され、無線のポータブルスキャナで“どこでも”支払いができるようになる(参照リンク)

 このアップルストアの1階のコンセプトを、Appleは「購買体験」(Buying Experience)と呼んでいる。新規顧客が吸い込まれ、Mac体験をする場である。

テルミン奏者の“Think Different”

 一方、2階から上は「所有体験」(Ownership Experience)と呼ばれる。その説明の前に、2階を飛ばして3階に行こう。

 3階の84席のシアターでは月20本のイベントがある。私はここでテルミン奏者の第一人者、竹内正美さんの演奏会に参加した(立ち見も多かった)。電子楽器テルミンは、右手で音程、左手で音の大きさを“手を触れずに奏でる”という不思議な楽器だ。全10曲の演奏は素晴らしく、テルミン演奏家に美女が多いと知ったのも思わぬ収穫であった。

 曲の合間、竹内さんはこう語った。「Think Differentこそ、アップルのコンセプトですね」

 “違う考え方をしよう”――“Think Different”とは、Appleが瀕死の状態にあった1997年頃、無給でCEOに就任したスティーブ・ジョブズ氏が打ち出した、起死回生の広告メッセージである。倒産の危機のさなかで資金も少なく、打てる手は「違う考え方」しかなかった。ヒット商品iMacで一息ついたものの、CompUSAを始めとするアップル製品の契約小売店では、キートップが外れていてもそのままという売り方。この現状に絶望して、「直販店を作るしかない」という構想に至ったのだ。

 だが構想を練り始めた2000年当時、Appleには4つの商品しかなかった。デスクトップ2機種、ノートブック2機種。たった4つの商品で、いったいどうやって6000平方フィート(約550平方メートル)を埋めればいいのか?

 その鍵は「所有体験」だった。銀座店で説明しよう。

 2階には、使用上の質問や修理対応の駆け込み寺の「ジーニアスバー」、クリエイティブな表現を指南する「スタジオ」、そして「iPod バー」がある。年間9800円で“One to One”メンバーになると、Mac入門やトレーニング、フォトやムービー加工、ウェブサイト構築などが学べる。4階は無料ネットサーフィンと、子ども向けにも4台のiMacがある、Mac コミュニティのフロアだ。5階は「デジタルムービー」「デジタルフォト」「ビジネスデイ」などが行われるワークショップ教室のある学習フロアだ。そして3階のシアターでは、イベントを通じてMacファンを包み込む場だから“Mac Wrap(マックラップ)”である。

 ちなみに、先頃オープンしたニューヨークのフィフス・アベニュー店(アップルストアで2番目に大きい)は、24時間365日開いている。スタッフ300名のうち150名がジーニアスバーに所属する。「午前2時にマシンが壊れて途方にくれることもあるだろう? ここではそれにも応じられる」とジョブズ氏はインタビューで答えている。

ay_apple04.jpg ニューヨークのフィフス・アベニュー店にあるアップルストア

 銀座店のスタッフ140名も、大半は所有体験担当だろう。何しろ店舗面積のざっと7割は所有体験エリアだ。銀座の月額賃料から考えると(1Fは恐らく坪20万円を超える)モノ売り以外にこれだけの面積を割くのは異例だ。

 テルミン奏者の竹内さんは、漢字Talk 6.07(1990年頃)からのMacのファンと告白していた。1993年にテルミン修行のため、単身ロシアに渡った当時、日本人の奏者は彼1人だけだった。誰も見向きもしなかったテルミンに賭けた彼は、“Think Different”のコンセプトの体現者だ。

世界に拡がるDifferentなアップルストア

 違う考え方で店舗を作ろう――“Think Store Different”で始まったアップルストアは、今や全世界で196店舗(2007年12月現在、米国174店、英国10店、カナダ4店、イタリア1店、日本7店)、来店客数は年間1億人以上(米国のみの数字)、小売り総売上高は30億ドル(約3500億円)、1店舗平均17.5億円、最大店舗は120億円にまで成長した(いずれも2006年度、参照リンク)。アップルストアの集客力は、iPodなど商品の魅力だけでなく“Differentな店舗づくり”の挑戦が結実したことにもよっている。

 さて、アップルで購買体験をするには“告白”が必要になる。私のコンピュータはPCなのか、それともDifferentなのか……。

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著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


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