MBA後の転職の難しさ――ダーマ神殿に行ったら“レベル1”になったロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年12月10日 11時56分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 今回のテーマは「転職」だ。ビジネススクールで学ぶ学生は、社費派遣であれば元にいた企業に戻るが、私費留学ならば就職活動をすることになる。

 もともとの業界に戻る学生も多いが、せっかく高い費用をかけてMBAの学位をとったため、マネジメントに関われるような職を探そうという人も多い。筆者の周りを見渡しても、前の業界や職場に収まるケースは稀のようだ。

 そして、この転職というのが、なかなか一筋縄ではいかない。

社会人1、2年生に負けるという現実

 筆者はこの夏、外資系の某企業でインターンを経験した。既に数年の社会人経験があるほか、MBA卒業予定者ということの価値も認めてもらえ、通常の新卒扱いではなく「新人が3年ほど働いて昇進した後のポジション」を用意された。これは、MBA留学生にとって一般的なケースだ。余談だが、ビジネススクールでは「夏休みにインターンをする」ことが半ば強制されており、優良企業でインターンをするよう学校側も多大な支援をしてくる。それが生徒のビジネスマンとしての実力向上、および将来のよい就職につながるからだ。

 筆者の場合、その外資系企業でまさに「最前線のファイナンス」を学ぶ機会に恵まれ、大変有意義だった。しかし、なにぶんファイナンスのバックグラウンドがない筆者のこと、仕事面では苦労した。そもそも筆者は取材や文章書きのプロとして仕事をしていたため、Excelを使ってお金の計算をするといった経験は全くない。しかし「新卒じゃないんだから」ということで、それなりの水準の仕事を求められる。これが中途採用の転職者のつらいところだ。

 外資系企業ともなると、社会人1年生でもしっかりとファイナンスを勉強した人がいる。また、新人の頃にExcelをみっちり仕込まれるから、1〜2年経つと、目にもとまらぬスピードでExcelの計算をこなしたりする。つまり20代前半の人でも仕事ができる。一方、こちらはインターンを開始して日が浅いということで、Excelの修行経験はゼロだ。1〜2年修行を積んだ人に、勝てるわけがない。もちろん前職の経験などを活かしてトータルで勝たないと格好がつかないわけだが、実際に目の前にポンと仕事が振られて、こっちは悪戦苦闘しているのに23〜4歳の若者はスラスラこなすとなると、立場上苦しいものがあった。

 MBAに留学する人というのは、皆それなりに実績を残した上で、それをビジネススクールにアピールして合格をもらっている。筆者も前職の職場では、それなりに仕事をこなすのが早かったし、成長するにつれて仕事の質も上がっていたと自負している。それが、転職して違う職場に放り込まれたとたん、無能人間に早変わり。もちろん完全に無能ではないが、そう卑下してしまうだけの落差がある。

 筆者の世代が親しんだゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズに、レベルが20を超えた状態でダーマ神殿に行けば転職できるというシステムがある。MBA留学できたのだから、現在のレベルはギリギリ20くらいはあるだろう。もちろん世の中にはレベル40、レベル50という猛者もいて別次元で闘っているが、レベル20でもそこそこ“使える”レベルだ。それが転職したとたん、レベルは1になる。つまり、能力がダウンしてしまう。外資系でバリバリ働き、もはやアリアハンを抜けてレベル9とか、レベル12ぐらいまで強くなっている若者からすると「あれ、この中途採用者、オレより弱いぞ?」「使えないな」ということになるわけだ。そう考えてみると、ドラゴンクエストというのは現実社会に即したよくできたゲームかもしれない。

 もちろん、実際にはいろんなケースがある。前の職場でマーケティングを専門にしていて、新しい職場でもマーケティング関連の経営企画をまかされたといったような、転職による「とまどい」が少ない人もいる。しかしMBAでは「前は土木建築のプロジェクトを担当していたが、会計を勉強してステップアップしたい」というような人も多いから、相当数が卒業後に全く違う職場・仕事内容に苦しむことになる。

それでも、新卒たちに勝たないと話にならない

 企業側もこうした事情は理解しており、MBAホルダーに対してある程度情けをかけてくれることもある。それがまた、生え抜きの新卒たちには面白くなかったりもするだろう。社内の若手の間で「MBAをとった連中はMBAプレミアムがついて優遇されている」と不満がささやかれることもあるようだ。もちろん、そうした状況が続くと示しがつかないから、MBAホルダーもどこかで「さすが」というところを見せつけなければならない。

 MBA留学生というのは、だいたい30歳前後だから23〜4歳の若者より「社会がどうなっているか」「組織がどう回るか」をよく知っている。社外の人間とのコミュニケーション能力も、総じて高い。また、前職のプロフェッショナルとしての経験が今の職場の経験にプラスされて、相乗効果を生むこともあるだろう。そうした要素を、うまく成長につなげなければならない。

 筆者の場合、その後違う企業から内定のオファーをもらった。その際、上のほうのランクの人から面接の場で、そこらへんにあった紙のきれはしにスラスラと下のような図を描きながらこう説明した。

 「新崎くんの場合は、前の職場と我々の企業との差が激しいから、一時的に能力は落ちるだろう(t1)。だが、その後急激な角度で成長してもらうことを期待する。そして、最終的には転職前の成長のペースで到達できたであろうポイントを、超えてもらわなければならない(t2)」

 やはり世の中、そう甘くないものだ。今でこそレベル1にまで落ちているが、再びレベルを上げていかなければならない。例えば「僧侶」が「戦士」に転職して、まったく攻撃力のないダメな戦士になったとする。そこから現場で戦闘を繰り返して、攻撃力が高い「ベホイミをとなえられる戦士」に――そのときこそ、初めて転職は成功だったといえるのだろう。

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