贈る人も贈られた人もわくわくできる――“仙台小箱”に隠された秘密 郷好文の“うふふ”マーケティング:

» 2007年12月06日 12時00分 公開
[郷好文,ITmedia]

 その季節に玄関のベルが鳴ると、いつでも胸が高まった。「お届けものでーす」という配送人の声が、すりガラスの引き戸越しに聞こえる。はい、と返事をするのはたいてい母だったが、母も出かけたとなれば、当時小学生だった私も三文判を取り出して送り状に判を押す役目をした。その役目は嫌いではなかった。

詰め合わせギフトを検分する楽しさ

 土間を降りて引き戸を開ける。差し出された送り状に判を押す。十字に掛けられた紐が指にずしりと食い込む。いったん玄関の踏み板に置く。ハンコを片付け、居間に運んだらさて“検分”。

 配送伝票には、ナントカ株式会社など贈り主の名前の横に“御歳暮”という表記と、かすれた複写文字で品名が見える。“缶詰セット”、“ハム詰合せ”に「やった」とつぶやく一方で、“砂糖”(やたらと重い)、“鰹節”(やたらと軽い)には軽く失望する。その当時父は週に1回、あるいは隔週にしか帰らない単身赴任だったので、頂いたお歳暮を開梱するのは暗黙の了解があった。

 紐掛けをはさみでパチンと切る。紐が箱の上下と左右に放たれる。“缶詰セット”という抽象的な表現の中身を、この目で確かめるときがやってくる。キングは“カニ缶”。クイーンはマグロ缶、お付きの者はサケ缶、サバ缶である。

 上箱を側に置く――缶詰は整然と並んでおり、カニ缶は貴重品のように光り輝いている。カニ缶を手に取り、ラベルをなめるように読む。そこに「脚部」の記載があれば大合格。お付きの缶は簡単な検分で済ませる。肉系の詰め合わせでも手順は同じで、油っこいウインナーや大和煮に失望する一方、“ニュー”ではないコンビーフの文字を見ると舌を打った。

 頂いた手前失礼だし浅ましいのだが、“収獲のランク付け”には子供心にわくわくした。全部の品にわくわくはしなかったが……。

儀礼ギフト市場が縮小する中、異例の大ヒットとなった「仙台小箱」

百貨店「藤崎」が贈答用に出している名産品・銘菓のセット「仙台小箱」。3段セットが3650円、5段セットが5650円。2007年の受付は12月16日まで

 みちのくは仙台市青葉区にある百貨店、藤崎の大当たりギフト「仙台小箱」は、今年で2年目を迎える。大当たりの要因は、贈る人も贈られた人もわくわくできるからだ。

 2006年の中元シーズンから始めた仙台小箱は9700個を売り上げ、百貨店協会の調査でもトップクラスの実績で「異例のヒット」と言われた。以前クライアントだった某百貨店の営業企画の人と雑談していたとき「仙台小箱、ヒットらしいですね」と話すと、「よくご存知ですね」と言われたのもこの頃の話だ。

 ところが同年のお歳暮ではさらに売り上げを伸ばし、2万6000個に達する大ヒット。儀礼ギフト市場が縮小する中で、ますます注目を集めた。そのヒットの要因は何なのか? 藤崎の催事部ギフト企画担当の滝口さんに話をうかがった。

発想のきっかけは、“反省会”から

 きっかけは2006年2月頃の、前年度のおせち企画の反省ミーティングだった。企画担当者と宣伝担当者によるミーティングでさまざまな雑談をしている中で、あるお客様のクレームが話題になった。

 「届いたものは蒲鉾。ところが賞味期限は5日しかない。詰め合わせは蒲鉾が20枚もあり、家族で朝昼晩、毎食食べることになって……(飽きました)。量はもう少し少なくしてもいいのではないでしょうか」

 人口の高齢化、世帯の核家族化・単身居住者増加を背景に、ギフト商品も小分けパックが目立ち始め、そのトレンドに乗じて企画商品を打ち出せないか、ギフト企画担当もアイデアを求めて悩んでいた頃だった。そこにこのお客様のクレーム話。おせちの反省会だったミーティングはいつの間にか2006年の中元商品企画の話になり、「重箱で小分けギフト」というアイデアがその席上で生まれた。

 小分けのアイデアをきっかけに、子会社の藤崎快適生活研究所(消費者研究や商品開発を担当する会社)で、具体的な重箱のパッケージ案やネーミング案を詰めた。だがこのときすでに3月。6月の中元商戦の準備開始にはギリギリのタイミングだった。

巧みな品揃えとパッケージングが光る

 2007年の仙台小箱で選べるギフトはAからYまで。25個のバリエーションがある。カタログには“右の25種類の中から3つ、または5つをお選びください。橙色の風呂敷でお包みし、先様へやさしくお贈りいたします”とある。 

仙台小箱では、25種類の名産品・銘菓から好きなものをカタログで選び、組み合わせることができる(カタログより)

 2007年の中元商戦では仙台名物が20種だったから、5つ増えた勘定である。蒲鉾は4種、海産4種、茶漬・スープ各1種、菓子5種、牛たん2種、その他ウインナー、チーズ、味噌・醤油、お米に餅にソバ、煮物に漬物と、組み合わせやすさが心憎い。少人数家族でも苦労せずに食べ切れる分量だ。念のため蒲鉾の枚数を数えたら、5枚から8枚だった。

 選んだギフトは重箱に納められ、風呂敷(今年はオレンジ色)に包まれて配送される。この商品づくりには、どんな苦労があったのだろうか。

全社一丸の努力がヒットを生んだ

 売れ筋を伺うと、(1)蒲鉾、(2)萩の月、(3)牛たん、(4)長なす、(5)ふかひれスープ、とのこと。宮城を代表する地場産品が、メーカーや産地を問わずに並ぶ。

 しかし製造元にしてみれば、自社パッケージで自社商品だけを売りたいのが本音である。小分けはコスト面でも商品管理面でも避けたい。競合の類似商品と並べてチョイスされるのにも抵抗がある。

 この課題をどうクリアするか? 藤崎の食品バイヤーの苦労は、取引先の説得と仕入れ値の交渉だった。そして藤崎物流センターの苦労は、冷蔵・冷凍商品の在庫/ピッキング/梱包システムを新たに作りあげることだった。それを2カ月で構築できたのは各部門の横断的な努力があったからだ。

 少世帯化と高齢化という現実を受け止め、宮城の名産品という環境条件に恵まれ、小分けの重箱というパッケージングと巧みなネーミング。ヒットはこうした“重層的”な要因があったからだが、大当たりにはもう1つ、秘密がある。

儀礼ギフトの苦痛は打算と参勤交代

 贈り物、特に儀礼ギフトという習慣は、必ずしも楽しいものではない。味の素が毎年実施する「主婦の贈答意識調査」でも、バブルに沸いた1990年を境に、お歳暮の件数は年々減少している。この右下がりな折れ線の主要因はもちろん、収入の伸び悩みのあおりや支出削減なのだろう、もう1つ、儀礼ギフト習慣の縮小をひそかに喜ぶ消費者の本音が表れているような気がする。

贈答予定件数

 以前、勤め先の上司にあざとい人がいた。ワントップの会社だったから、幹部連中は先を争うように、社長に盆暮れの挨拶(贈り物)をしていた。社長の奥さんは贈り物の“考課表”を作成している、と自嘲気味に言う幹部もいた。

 ところが私の上司はそんな幹部連中を超越していた。盆暮れの贈り物は「目立たない」から、社長と奥さんの“誕生日”にスライドしているというのだ。そこまで行くと、打算も勲章モノである。

 とはいえ、そうしなければ生き残れない“貢物慣習”を誰も好んではいなかった。やがて会社は傾き、社長は辞任し、しばらく後に逝き、ホッとした人も多かった。ワンマン社長への虚礼ギフトには、贈る人(部下)と贈られる人(社長夫妻)の間の“打算”と“参勤交代”があった。

打算と参勤交代を“わくわく”に変える仙台小箱

 過剰だと賄賂、ゼロだと世渡り下手、その間のバランス感覚を打算という。「目をかけているのだから、恩返しに贈り物くらいあってもいい」……それを、ギフトを人質にする参勤交代という。

 「このくらいでいいな」という打算と、「これじゃあまだ不足だ」という身代金のバランスを取ってきたのが“詰め合わせギフト”である。一番偉いカニ缶は2個、あとはサケとツナとサバと……。詰め合わせ品にある序列が、バランスをとる上で必要だったのだ。贈る人も贈られる人も“勘定”をしていた。後ろめたさがあった。

 “仙台小箱”というコンセプトは、その“勘定”を一掃した。25種の品々を見ると、皆“平等”である。平等だからこそ楽しく選べる。贈る人も贈られる人も、打算と参勤交代の勘定から解放されたのである。素直にわくわくできること――それが仙台小箱のヒットの深層心理である。

著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


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