今、最も有名なパティシエは“悩めるプレイングマネージャー”だった 誠 Weekly Access Top10(2007年11月20日〜11月26日):

» 2007年11月30日 15時44分 公開
[吉岡綾乃,Business Media 誠]

 先週最も読まれた記事は、「グリーンカードを入手するもっとも簡単な方法」。筆者の富永ジュンさんは、誠での記事執筆はこれが初めて。初めて書いた記事でいきなり1位を獲得するという快挙を成し遂げた。はてなブックマークにも100近いブックマークされており、多くの人にとって関心のあるテーマだったことが分かる。

男性と女性でニュースの“主語”が違う

 ところで先日、記者は東京ミッドタウンで行われた鎧塚俊彦氏のセミナーを覗いてきた。あの有名店「トシ・ヨロイヅカ」のオーナーパティシエである鎧塚氏である。名前だけではピンとこない読者も「女優の川島なお美さんと婚約した有名パティシエ」と言えば「ああ、あの人か!」と思うのではないだろうか。

トシ・ヨロイヅカのパティシエ(菓子職人)、鎧塚俊彦氏

 有名人同士の婚約ということで、blogやmixi日記などでもたくさんの人がこの婚約について言及していた。面白いのは、男性の日記では主語が“あの川島なお美”なのに対し、女性の日記では主語が“あのトシ・ヨロイヅカ”だったことである。女性(しかも甘い物好き)の記者ももちろんこの話を聞いたときは「え! トシ・ヨロイヅカのパティシエが結婚!? しかも相手は……」と思った。やはり主語は鎧塚氏だったのだ。

 そんなわけで、甘党女性にとっては大変な有名人である鎧塚氏のセミナーは、当然のことながら女性でぎっしり。会場には約100人のお客さんがいたが、記者が見かけた限り男性客は1人だけ。“見渡す限り男性ばっかり”の取材現場には慣れているが、その逆のシチュエーションには滅多に遭遇しない記者は、ちょっとドキドキしながらセミナーを聞いていた。

 このセミナーが女性ばかりだったのにはもう1つ理由がある。実はこのセミナー、「マイコンコース」(Myconcource)という働く女性をターゲットにしたセミナーナビサイトが、10月のサービス開始を記念して主催したものだったのだ。マイコンコースの運営母体は、コクヨ系列のオフィス用品通販会社であるカウネット。そんなわけで、セミナー参加者には、カウネットの紙袋に入ったトシ・ヨロイヅカの焼き菓子がお土産として配布された。

参加者は見渡す限り女性ばかり(左)、お土産はトシ・ヨロイヅカの焼き菓子2種(右)

パティシエもビジネスパーソンも、悩みは同じ?

 パティシエというのは本来、菓子を作る“職人”だが、自分の名を付けた店を持ったとたんに経営者としての仕事をこなさなくてはならなくなる。店が有名になる、プロデュースした商品がヒットする……と成功すればするほど、職人ではなく、経営者としての仕事がどんどん増えてくる。

 雑誌やテレビで見る鎧塚氏は、パティシエの第一人者として非常に自信に溢れ、手がけた店も短期で成功した実業家としての顔も持つ人物、という印象がある。しかし生で見る氏は、“実業家っぽさ”はあまりなく、職人らしさを強く感じる人物だった。いや、より正確にいうなら、「職人としての自分と、経営者としての自分の間で揺れている」という印象を受けた。

 例えば店の規模を広げるにしても、「多店舗展開は考えていない。あくまで自分が目の届く範囲内で規模を広げていきたい」と強調していた。経営者の視点で見れば、どんどん売上を伸ばし、店舗を増やしていった方がいいに決まっている。しかし職人としては、店がどんどん増えた結果、自分が目の届かなくなることが許せない――言葉の端々から、そんなジレンマが伝わってくるのだ。

 後進の指導についても、「若い子を育てるために自分では作らないパティシエも多いが、自分はまだエースで4番だという自負がある。(プレイをしない)監督ではなく、キャプテンだと思っている。厨房に立ち続けようと思っているし、自分がやって見せるのが基本。自分よりいい球を投げる人が出てきたら譲るけれど、『俺を抜いていけ』と思っている」と発言していた。

 ここまで読んできて「自分と重なる」と感じた方もいらっしゃるのではないだろうか。記者自身も、途中からは自分の体験を重ねながら鎧塚氏の話を聞いていた。トシ・ヨロイヅカをオープンする前の苦労話は、Business Media 誠がオープンする前のドタバタな日々を思い出させたし、「店にいられない時間は増えてきているが、それでも僕は厨房に立ち続ける」という言葉は、「編集長になったら会議や雑用が増えたけれど、でもやっぱり記事も書きたい」という日々のジレンマに重なった。帰る頃には、すっかり鎧塚氏に共感している自分がいた。そう、鎧塚氏のジレンマは、プレイングマネージャーならみな体験する、普遍的なものなのだ。

 トシ・ヨロイヅカではテイクアウトのケーキも販売しているが、デザートサロンがカウンター形式になっており、目の前でパティシエが仕上げたデザートを、できたてで食べられる“ライブ感”こそが最大の特徴だ。実はまだトシ・ヨロイヅカのデザートサロンには行ったことがない記者。「一度トシ・ヨロイヅカのサロンに行ってみよう。目の前でデザートを作る、職人としての鎧塚氏を見てみたいな」と思いながら帰宅したのだった。

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