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» 2007年11月27日 10時44分 UPDATE

山口揚平の時事日想:ブータンに学ぶ幸福論――GDPよりGNH(国民総幸福量)

「人々が満たされているか」など“幸福の量”を伸ばす国づくりを進めるブータンは、物質的豊かさを求めて成長してきた日本とある意味対極にある国家だ。GDPで世界2位の日本は、本当に豊かな国だろうか? 今後日本は何を目指すのか、日本独自の指標を考える時期ではないか。

[山口揚平,Business Media 誠]
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著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 先日「家で大掃除をしたい」と言ったら、友人からいいことを教わった。狭い家ではモノを捨てるテクニックが重要だが、捨てるか片付けるかの基準は、「1年間使っていらなかったら捨てる」が一番だという。高価なモノだからとか、ひょっとしたら今後使うかもしれないとか、ではない。自分にとって“意味”があるのかないのか、を判断基準にするというのだ。

 「なるほどな」と思った。確かに棚の奥深くに眠っているモノは、やや高価なデオドラントや台所の戸棚に眠っているミキサー、昔買ったスーツ、電化製品などだが、どれも使う予定はない。しかしその原価を考えてしまうと、なかなか捨てられないのが人情である。

モノ自体には価値がない

 このように過去にかけてしまったコストだが、将来、価値を生むあてがないものを、経済学では「サンクコスト」という。実際、サンクコストを気にするあまり、合理的な判断ができずに苦しんでいる経営者も多いだろう。

 サンクコストを考えていると、「本当にモノ自体には価値がないんだな」と思った。どんな高価なモノであっても、それ自身が自分にとって意味がなければ持つ必要はない。もはや私たちはモノではなく、それが持つ意味に強くフォーカスして生きている。

 「物質的豊かさから精神的豊かさへ」という標語は言い尽くされてきた。しかし、この21世紀をより豊かに生きるにはモノではなく、それが持つ本当の価値を見抜く必要がある。経済指標として採用されているGDP(国内総生産)も、言葉のニュアンスとして少しピントがぼけているのかもしれない。

人間がGDPを追求すれば、地球の再生能力は追いつかない

 プロダクトは生産と訳されているが、プロダクトという「モノ」を生み出すためには、なんらかの物質的資源の消耗を伴う。私たちが求めるGDP成長率は、地球の再生能力をはるかに上回っている。従ってプロダクトを生産し続ける限り、化石燃料は枯渇し、森林は消えてゆかざるを得ないし、地球温暖化防止も掛け声に終わる。

 だが私たちが本当に求めるものは、「モノ」ではなく、その先にある「意味」であると考え直せば、経済活動のプロセスは変わってゆくかもしれない。

 環境ジャーナリストの枝廣淳子(えだひろ・じゅんこ)氏の話によると「アジアの中でも貧しい部類に入るブータンの人々は、みんな幸せそうだ」という。ブータン国民に「あなたは幸せですか?」と質問したら、94%の人が「はい」と答えたそうだ。

 現在のブータンの国王・ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクは1970年代、今後のブータンの国づくりを探るため、日本を含む欧米先進国を研究したそうだ。そして国王が出した結論は「欧米はGDPを伸ばすという方向性で国づくりをしている。しかし環境はボロボロになり、人の心はすさみ、文化は継承されなくなっている」というものだった。

 つまり、GDPを追求してもいいことは何もない。だったら、GNH(国民総幸福量)を大事にしようということだった。ブータンではGNHの指標があるが、その項目は人々が情緒的にどれだけ満たされているか、地域社会がどれだけ生き生きとしているか、というものである。そして国勢調査で、それを把握して政治に生かしてゆく。

 ブータンは1999年の鎖国解禁以降、近代化をゆっくり進める一方で、環境保護を大切にしてきた。高原に位置し、国の72.5%が森林に覆われている中で、森林の開発を最小限にとどめて、国の全面積の60%以上を森林で保っている。また小中学校では週に2〜3 時間、環境科学の授業を取り入れている。また2004年に、世界で初めて禁煙の国となったことでも注目を集めている。一方、日本は先進国の中で唯一喫煙率が減っていない国である。

「日本は豊かな国なのか」を問い直す時期

 GDPが増えても国民が幸せになるとは限らない。国民は不幸せでもGDPは増えてしまう。むしろ国民の不幸の上に、GDPの成長があるのかもしれない。今、2010年には日本は中国にGDPで抜かれる、と騒がれている(参照記事)。確かに経済規模としては問題だが、GDPという経済指標はGDH(幸福)の従属変数に過ぎない、ということを一度考える必要もある。

 現在、日本のGDPは、米国に次いで世界2位であり、立派な経済大国といえる。だがこれは日本の人口が多い(世界10位)というのも大きな理由である。“1人当たりGDP”で比較すると、日本は世界17位になる。

 日本は本当に豊かな国なのか? 改めて問い直す時期に来ているのではないだろうか。その上で、このままグローバル資本主義にどっぷり突入してゆくのか、それとも日本独自の新しい目標と指標に基づいた国づくりを進めてゆくのか。このことを私たちの世代から、真剣に考えてみる時期に来ていると思う。

新しい指標が必要

 ソ連崩壊で経済危機に陥ったキューバは、有機農業で国を建て直し、今や国連も認める環境先進国となった。コスタリカは、軍隊を捨て軍事費を教育費に回し、国家予算の3分の1が教育費だという。北欧三国は「福祉国家」と「市場原理」をバランスよく両立させながら、現在の地位を築いている。

 これらの国々から、今の日本が学ぶことも多そうだ。私たちは、新しい指標を必要としている。それはブータンのようなGNHかもしれないし、もう少し独自のものかもしれない。いずれにせよ日本型資本主義のグランドビジョンを、根底から練り直す必要があるということだ。

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