21世紀の今、改めて「ルック・イースト」 藤田正美の時事日想

» 2007年11月26日 00時00分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 日本の株価が安い。先週末、11月22日も終値で前日よりわずかに戻したとはいえ、1万5000円の大台を割ったままだ。安い理由ははっきりしている。1つはサブプライムローンの問題で、米国経済の先行きに不透明感が漂っていること。もう1つは投資資金が株から原油などの商品へシフトしていることである。そして日本の株を押し上げてきた外国人は、サブプライムローン問題が表面化して以来、基本的には売り越している。

 日本の株価の「先行指標」は、前日のニューヨーク証券取引所の動きだ。「ニューヨークが上げたのを好感して」とか「ニューヨークが下げたのを受けて」とか、何度も聞いたことがあるだろう。

 たしかに日本にとって米国の存在は大きい。国際政治や軍事においてはほぼ全面依存と言ってもいいし、経済的にも輸出の20%ぐらいが対米輸出であるから、米国経済の動きに敏感にならざるをえないのは理解できる。それにアジア各国への輸出が増えたといっても、そのアジアから米国にも輸出されるのだから、実は日本の対米依存度は言われるほど下がってはいないのかもしれない。

ルック・イーストという提案

 それでも、いつまで日本は米国を見つめ続けるのだろうか。マレーシアのマハティール首相は、首相に就任した1981年、「ルック・イースト」政策を提案した。要するに当時、日の出の勢いだった日本や韓国を見習えといったのである。

 そしてアジアは、1998年の通貨危機を乗り越えて、21世紀に入ってからどんどん存在感を増している。中国やインドは年率10%前後という高度成長のまっただ中にある。

 イギリスのエコノミスト誌は、「いま世界は先進国から中国などの新興国に経済的なパワーが移転しつつあるという過去最大の革命的変化を目撃しつつある」と書いている。この記事自体は“そういう振興国への投資も気をつけないといけない”という内容ではあるが、うまく新興国の状況をまとめてある。

世界のGDPの50%以上を新興国が占める

 新興国の経済成長のスピードは先進国よりもはるかに速く、その差は広がりつつある。IMFのデータによると2007年の予想値では、新興国が8%の成長率であるのに対し、先進国は2%にすぎない。新興国は、為替レートで換算すると世界のGDPの約30%を占めているが、PPP(購買力平価)で換算するとすでに50%を越えている。また世界のGDPの増加額のうち半分以上は新興国によるものだ(換算は為替レート)。全世界の輸出総額のうち45%は新興国の輸出であり、世界のエネルギーの半分を消費している。過去5年間の石油需要の増加分の5分の4は新興国の需要だ。さらに世界の外貨準備高の75%は、新興国の金庫に眠っている。

 こうした経済の強さは株価に反映されている。どの新興国の株式市場も急激に値上がりしてきた。最近はやや不安定な動きになっているとはいえ、モルガンスタンレーの新興国市場インデックスは、2003年からドル建てではあるが4倍になった。それに対して、米国のS&P500※は70%上昇したにすぎない(ブラジルの株価はその間に9倍になった)。さらに同期間で新興国の生産額は35%増加したが、先進国は10%増加しただけである。

※S&P500……Standard & Poor's 500 Stock Indexの略で、スタンダード&プアーズが代表的な500銘柄の株価から算出する。ダウ平均株価などと並ぶ、米国の代表的な株価指数

生産基地から巨大市場へ

 エコノミストの記事では、新興国がこうしたハイペースをいつまで維持することができるのかという問題をさらに取り上げているのだが、それは置いておいて、ここで気になるのは、われわれのメンタリティだ。アジアの一員である日本は、そのアジアで中国やインドといった巨大市場が急成長していることに対し、それに見合った注意を払ってきただろうか。

 たしかに生産基地として、アジアは注目されてきたし、日本企業は多くの工場を建設してきた。しかしそうした国は今、まさに「市場」として急激に存在感を増している。日本のコシヒカリを中国米の10倍近い値段で上海で売り出し、それが瞬く間に完売したという事実が象徴的だ。中国経済は、あと5年か6年で日本を抜くだろう。もちろん1人の当たりGDPでは日本のほうがはるかに大きいとはいえ、その差も急速に小さくなるのは間違いない。そしてその後をインドが追っている。IT立国というだけではなく、製造業もいま猛スピードで発展しつつある。

 それでも世界経済の主導権がまだまだ先進国の手中にあるのは間違いない。ただアジアの巨大な龍や象がフルスピードで走っているという事実は無視できない。東のほうばかりではなく、西のほうにもよくよく注意を払わないと、日本は踏みつぶされてしまうかもしれないのである。

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