2.5GHz帯は誰の手に?――次世代モバイル通信最新事情を整理する 神尾寿の時事日想:

» 2007年11月21日 10時37分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 11月19日、総務省は2.5GHz帯の周波数の割り当て先を協議する「広帯域移動無線アクセスシステムに関する公開カンファレンス」を22日に開催すると発表(別記事)した。詳しくはニュース記事に譲るが、これは当初から予定されていたものではない。一部の報道機関が免許申請中の事業者名を挙げて「2.5GHz帯の免許交付が確実になった」と報道し、審査体制の公平性に疑いが持たれたため、議論を公開。透明性を確保することになったものだ。

 ここで「広帯域移動無線アクセスシステム」をめぐる一連の動きについて振り返ってみよう。

 広帯域移動無線アクセスシステム(通称モバイルブロードバンド)は、従来の携帯電話システムとは異なる“データ通信に特化した通信技術”を用いて、高速・大容量のモバイル通信サービスを実現するものだ。現在の携帯電話は音声通話とデータ通信の両方を扱うが、モバイルブロードバンドではデータ通信がメインになり、携帯電話を含む様々なデジタル機器に高速かつ安価な通信サービスを提供する。今後、ノートPCやクルマ(カーナビ)、デジタルオーディオ機器、カメラなど様々なモバイルデジタル機器が「サーバー連携」の仕組みを取り入れ、それをサービスやビジネスの根幹に置いてくる。高速・大容量のモバイル通信インフラの需要は急速に伸びるため、モバイルブロードバンドの市場は中長期で見れば携帯電話に次ぐものになる可能性が高い。

 この広帯域移動無線アクセスシステムの事業者(キャリア)になるために必要なものが、「事業免許」と新たな周波数である。現在の総務省の方針では、周波数は2.5GHz帯の60メガヘルツ分の周波数を2つに分けて、免許とともに割り当てをする予定だ。この「2枠」を取れるかが、モバイルブロードバンドのキャリアになれるかどうかの鍵になる。

 広帯域移動無線アクセスシステムの免許と2.5GHz帯の割り当てをめぐっては、ドコモおよびアッカ・ネットワークスなど16社、KDDIおよびJR東日本など6社、ソフトバンクおよびイーアクセスなど8社、ウィルコムの4陣営が免許取得の申請をしている。2枠をめぐり、4陣営が“席取りゲーム”をしている状況なのだ。なお、4陣営が採用する技術方式は、ドコモ、KDDI、ソフトバンクの3つの陣営が「モバイルWiMAX」、ウィルコムが「次世代PHS」である。

実績を積み上げたKDDIとウィルコム

 2つの枠を、4陣営が取り合う。この2.5GHz帯の獲得競争で、有利なのはどのキャリアだろうか。

 一部の報道では、「KDDI陣営」と「ウィルコム」の名前がよく挙がっているが、総務省内では「どのキャリアが優位にあるとか、そういう動きはまったくない。(一部報道は)競馬新聞の予想欄のようなもの」(総務省幹部)と、厳正な審査の途上であり、4陣営の立場はフラットであると主張する。実際に、ここ最近の同省での動きを見ていても、それは確かであろう。

 しかし、外的な環境で見て、KDDIとウィルコムが、2.5GHz帯・モバイルブロードバンドサービスの実現に特に熱心であり、これまで具体的な発言や提案をしてきているのも事実だ。

 例えば、KDDIは先の「CEATEC JAPAN 2007」において、小型のモバイルWiMAX基地局を展示。実際に稼働デモンストレーションを行っている(別記事)。この小型基地局は、「世界最小であり、マンションやビル屋上、既存(の携帯電話)基地局の隣など、どこにでも設置できる」(KDDI技術統轄本部技術開発本部長の渡辺文夫氏)というものだ。

 「我々のモバイルWiMAX基地局は実用段階。消費電力や熱対策も万全であり、(2.5GHz帯の)免許さえもらえれば、すぐにでもエリア構築に入れる。免許申請の事業プランやスケジュールも、具体性があり、実現性の高いものであると自負しています」(渡辺氏)

 KDDIはモバイルWiMAXで申請した3陣営の中で、最も古くからこの分野の事業化に取り組んできており、過去、何度も実証実験を成功させている。そういった“積み上げ”で有利なのは確かだろう。

 一方、「次世代PHS」で名乗りを上げたウィルコムは、現行PHS時代に築いた実績をベースに、2.5GHz帯の獲得に意欲を見せている。同社はPHSで構築した「マイクロセルネットワーク」をすでに持ち、PCも含めたデータ通信定額制の事業化では携帯電話事業者より早く実現していた。次世代PHSの技術熟成や基地局小型化では、モバイルWiMAXを熟成させたKDDIよりやや遅れているが、“実際のサービス提供のノウハウ”の部分では優位性がある。

“MVNOに前向き”で布石を打ったソフトバンク

 このように過去の経緯を“積み上げて”いけば、一部の報道にあったように「KDDIとウィルコムが有利」という見方はできなくはない。実際、両者は明日の公開カンファレンスで、その過去の実績と積み上げを強くアピールするだろう。

 しかし、ここにきて意外な“伏兵”が現れた。ソフトバンクだ。

 総務省は、新たな周波数の割り当てを公平性を重視する考えだが、一方で「MVNOを推進し、モバイルビジネスの活性化に寄与する考えがあるかは重要」(総務省幹部)というスタンスを取っている。この“新たな周波数の割り当て”には、当然ながら2.5GHz帯の議論も含まれている。

 この「MVNOに熱心かどうか」という視座に立つと、11月12日に発表されたウォルト・ディズニー・ジャパンとソフトバンクモバイルの協業が目立ってくる。この協業は従来の再販モデルを前提にしたMVNOではなく、インフラの貸し手であるキャリアと借り手であるMVNOが共同でビジネスを構築・促進するものであり、新時代のMVNOモデルといえる(別記事参照)。これを既存キャリアの立場で、ドコモやKDDIなどに先駆けて推進したことは、ソフトバンク陣営の大きなプラス評価になるだろう。2.5GHz帯の免許をめぐる議論の前に“布石が打たれた”格好だ。

 なお、MVNOについては、2.5GHz帯の免許申請時に各陣営ともに「MVNOモデルの実現」について言及している。また、ウィルコムは日本通信や京セラコミュニケーションシステムなどにインフラ提供したり、J-COMと協業を行うなど、様々なタイプのMVNOに取り組んだ実績がある※。

 これらに対してソフトバンクが有利なのは、ネームバリューがある「ウォルト・ディズニー・ジャパンとの協業」が絶妙なタイミングで発表されたことと、既存の大手携帯電話キャリアとしては初めて「協業型MVNOモデル」を具体的に提案した点にある。

※ウィルコムは2001年10月から、日本通信、京セラコミュニケーションズ、富士通、三菱電機情報ネットワーク、ニフティ、NTTコミュニケーションズ、ソニーコミュニケーションシステム、J-COMなど合計8社にインフラ提供をし、様々なタイプのMVNOに取り組んでいる。これらの提供先企業では、自由に料金プランを設定し、自社の顧客にデータ通信もしくは音声サービスを提供している。

2.5GHz帯は誰のもの?

 どの陣営が、2.5GHz帯が割り当てられる「2枠」に入るか。

 現時点の状況を鑑みれば、実績の積み上げでKDDI陣営とウィルコム、MVNOへの前向きな姿勢でソフトバンク陣営の評価が高そうだが、最終的な情勢がどうなるかは、公開カンファレンスでの各社のプレゼンテーションと議論を見てみないと分からないだろう。モバイルブロードバンドの趨勢は、今後、IT産業だけでなく様々な分野のビジネスに影響するため、その動向は多くのビジネスパーソンにとって注目だ。

 そして、もう1つ忘れてはならないのが、「2.5GHz帯は誰のものか」ということだ。

 周波数はキャリアがサービスを展開しビジネスを行う基盤だが、究極的には、日本という国家、そして国民すべての財産である。ユーザーにとって最もよいサービスを提供し、産業の拡大、ビジネスの活性化に貢献する陣営こそが免許を受け取るにふさわしい。免許交付の審査を行うのは総務省であるが、それが適正に行われているかどうか。1人のユーザー、そして国民の立場としてもしっかりと見守る必要がある。□

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