女子アナと和紙スピーカーから、“環境と音”の調和が響いた日郷好文の“うふふ”マーケティング:

» 2007年11月08日 18時25分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 「本日は新交通ゆりかもめをご利用くださいましてありがとうございます。お待たせいたしました。この電車は豊洲行きです」

 東京ビッグサイトで11月2日まで開催された「中小企業総合展2007」に行ってきた。会場へはいつものように、新橋から新交通「ゆりかもめ」に乗った。発車の案内を聞いて何となく「優しい女性の声のアナウンスだな」と感じた。無人電車はゆっくりと走り出し、流通センター街区を抜け、海に出る。レインボーブリッジに差し掛かる頃、優しい声の謎が解けた。アナウンスの最後にこう言ったのだ。「フジテレビアナウンサー・本田朋子がご案内いたしました」……何それ?

女子アナで快楽電車

 どうやら、ゆりかもめ16駅それぞれの駅へのアナウンスに、フジテレビの人気女子アナ16名が参加しているらしい。でも誰がどこの駅を? 私は断じて女子アナフリークではないが、なぜか気持ちがざわめいた。

期間限定で、ゆりかもめの16駅、各区間をそれぞれ、フジテレビの女性アナウンサーが担当している(参照リンク)

 通勤電車に乗っていると、不快な声や音量の車内アナウンスに出会うことが、ままある。日々アナウンス爆撃にさらされている身にとって、女子アナのアナウンスは極上の響きだ。車内環境が悪い電車は、実に多い。語学ヒアリングをする人にも迷惑だし、ボリュームを上げて音楽を聴く人が増えたのも、音響と音声の悪さが一因かもしれない。――そして私の中の電車ランキングで、ゆりかもめの満足度はトップに躍り出た。

 そんなことを思いつつビッグサイトに入ると、今度は「XXXX展の入口はこちらです! 招待券をお持ちでない人は……」と拡声器を通したアナウンスが耳に炸裂した。展示会同士でがなり合い、やかましいこと限りない。まったく、日本人はなんと音に無頓着なんだろう……。

和紙スピーカーの優しい音

“24時間聴き疲れしない”平面スピーカー「MONE 9071」

 女子アナの声の余韻と拡声器への憤りが抜けないままで展示会場を歩き回っていたのだが、ふと最初に足を止めたのは、和紙で出来たスピーカーを展示する福岡のメーカー、アモネットのブースである。600ものブースが出展する大展示会のざわめきの中なのに、じっと耳を澄ますと、スピーカーから柔らかく優しい音色が聴こえてきた。

 振動板を和紙で覆った、厚さ33ミリの平面スピーカー「百音(モネ、と発音する)」。ジャズのCDをかけてもらうと、実に“生っぽい”音が響いてくる。「触って大丈夫ですよ」と言われて表面に触れてみると……おお、揺れている! 音の振動が指に心地いい。アナログな音もいいし、デザインもいい。

 どんな人が買うのですか? と聞いてみた。「さっき、ミュージシャンの方が『買います!』とおっしゃってくれました。向こうの方から小走りでやってきて『アナログの音が聴こえてきて』と言って」(アモネット社長の有田真一郎氏)

忠実よりも快適、人工よりも自然な音へ

 百音のカタログにはこうある。「原点は自然界の発音機構。求めたいのは“Fidelity(忠実)”ではなく“Comfortable(快適)”。求めたいのは“Real(人工)”ではなく“Natural(自然)”」。ターゲットは、デジタルでもの足りずに自然なアナログ音を求める人。デジタル音でいいという人はは買わないそうだ。フラッグシップモデルMONE 9071は、1台26万2500円。スピーカーとして、安い商品ではない。

左から、「MONE 3062」(4万9875円)、「MONE 5061」18万9000円、「MONE 7051」36万7500円

 特に家具職人が造る「MONE 7051」は和紙スピーカーに合う木枠のデザインが特徴的。一般のオーディオとは違うアプローチなのである。

“紙の窓”を商品化した百音

 「目に見える風景があるように、耳に聴こえて来る風景がある」

 これは、『世界の調律』(マリー・シェーファー)からの1文で、アモネット有田社長の座右の銘でもある。同社の理念は“音と環境の自然な統合”だ。

 「紙の窓は、ガラスの窓とは全く違う。ガラスは音をさえぎる。けれども紙ならば、音は漏れ聞こえてくる。紙の窓には耳の意識が働いているのだ」。シェーファー氏は1984年に来日したとき、日本人の音への感性をこう記した。

 和室で寝転んで管楽器のクラシックレコードを聴いているとしよう。小鳥のさえずりとフルートの音色が混じる。庭からなのか、レコードからか……。アモネットの百音が表現するのは、そんな生活の中の、快適で自然な音である。音マニアやオーディオマニア向けのスピーカーではない。日本家屋が昔持っていた「紙の窓」を商品化したとも言える。

 もともと店舗や施設用途の商品だった百音を一般向けにも売るようになったのは、アモネットの会計士が妻にCDをプレゼントする際、「スピーカーも一緒に」と言って、個人宅用に購入したことがきっかけだった。「会計士にもアナログな人がいるんだ!」と、雷鳴のような驚きが轟いた。

アモネットの展示ブース

音の帝国主義者たち

 「映らなくなったテレビ、動かなくなったパソコン、FAX、オーディオ機器……無料にて回収いたします」

 日曜日に書いているこの原稿に脈絡がないとすれば、それは廃品回収のスピーカー音で心が乱れるせいだ。いや、宅配ピザのバイクが鳴らす、ピーキーな排気音のせいでもある。

 「世界の調律」には「音の帝国主義者」という気の利いたフレーズが出てくる。通勤電車や廃品回収だけでなく、自動車の爆音や警告音にさらされ、家でも電器製品の電子音に驚かされる。駅では自動券売機やチャージ機に急かされ、銀行でもATMに作業を指示される。ほんの一瞬、自動ドアが開くだけでやかましいパチンコ店。至るところに“音の帝国主義”がまかり通っている。

 音の帝国主義は何が不快なのか。音の大出力、同じことの繰り返し、ビクっとすること……生活風景にそぐわないために気分を害するのだ。商品開発者は音の帝国主義を助長してはならない。アモネットの本業は公共環境や商業環境の音デザイン。企業体は小さくとも、帝国主義退治のために頑張ってほしい。

アヤパンも中野アナもいない!

 さて、展示会からの帰り道のこと。ゆりかもめの車内では、じっと耳を澄ました。確かに駅ごとに違う声だった。だが、誰がどの駅のアナウンスをしているかは謎のままだ。アヤパン(高島彩さん)はどこ? 中野美奈子アナはどこよ? 媒体誌『SEASIDE』やインターネットで調べた結果、フジテレビ番組「アナ☆ログ」で本田朋子アナが駅のアナウンスに挑戦したことが、このきっかけということがわかった。

 「走る展望台ゆりかもめからの素晴らしい車窓風景とともに、車内アナウンスをお楽しみください。フジテレビアナウンサー・本田朋子がご案内いたしました」――ハイ、堪能しました。環境(車窓)と美声(女子アナ)のハーモニーがそこにある。音と風景の調和こそ大切なのである。

 だが、1つだけクレームをつけたい。私はアヤパンの声も、中野アナの声も聴けなかったのだ。なぜなら、2人とも国際展示場正門駅(東京ビッグサイトの最寄り駅)よりも、さらに先の駅の担当だから。これって自然じゃないでしょうフジテレビさん! ほとんどの人は、新橋から乗り、汐留を通って国際展示場に向かうのだ。やはりアヤパンは新橋駅で、中野アナは汐留駅にすべきではないか。なぜなら、快適さとは自然な期待を裏切らないことでもあるのだから。

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