ビックカメラはヤマダ電機に勝てるのか?――家電量販店の再編が止まらない理由 山口揚平の時事日想:

» 2007年11月06日 11時50分 公開
[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 家電専門店のM&A(吸収合併)が続いている。エイデンとデオデオの統合(現エディオン)、さらにはエディオンのサンキュー、石丸電気、ミドリ電化への出資、ベスト電器のさくらやへの出資、ケーズデンキ(ケーズホールディングス)のデンコードーの子会社化 、ノジマと真電の合併、2007年9月にはヤマダ電機のキムラヤ株取得など、まさに“M&Aラッシュ”といえる状況だ。

 現在もベスト電器をめぐって、業界トップのヤマダ電機と5位のビックカメラが資本比率引き上げ競争を行っている。なぜこのような買収合戦が盛んなのか? それは小売業の競争力の本質が、まずは「スケールの追求」にあるからだ。

スケールの追求とは?

 小売業とは、自らは商品を製造せず個人消費者のために商品の販売に特化する業者である。そのため独自の商品を販売することが難しく、商品での差別化ができず、結果として価格競争に陥りがちな業界である。

もちろん、利便性を追求することで価格競争にならないコンビニエンスストアや(それでも99円シ ョップなど一部で価格競争の動きがあるが)ヴィレッジヴァンガードのように特色ある商品構成で価値を出している小売業も存在する。

 だが一般的には、規模を追求することで、仕入交渉力を付け、調達コストを下げ、一方でチェーンストア化することにより、本体の固定費負担を下げるのが小売業の定石である。特に一定の需要が満たされる成熟期に入ると、このスケール獲得競争が熾烈を極め、急激なスピードで淘汰が行われる。

 特に家電小売業界には、「40%ルール」と呼ばれる商慣行がある。これは資本を40%以上持つことでメーカーから共同で一括仕入れができるというもので、この40%ルールのために、まさに“大が小を飲み込む”吸収合併が連発されることになる。

 この熾烈な吸収合併競争における勝者は誰だろうか? 現在の状況を見るかぎり、どうやら勝者はヤマダ電機といえそうだ。ただ業界トップのヤマダ電機でさえ、さらなる規模の追求(=売上高2兆円の達成)を目指し、M&Aを指向している。

 そこで今回は、このヤマダ電機と、ベスト電器をめぐって戦いを繰り広げているビックカメラの視点に立って巻き返しの戦略を考えてみたい。

「範囲の経済」と「規模の経済」

 ビックカメラは、駅前に大型店舗を多数保有し、カメラや家電のみならず、PC、酒類、ゴル フクラブ、寝具、ブランド品、自転車、ホビー玩具などまで取扱商品を増やしている。

 このようなラインアップの充実によって顧客の利便性を高めるメリットを“範囲の経済(個々の製品を単独で販売するより1カ所で提供した方が価値が高い状態)”という。ビックカメラはこの面では優れているが、一方の“規模の経済”については、ヤマダの後塵を拝する状況だ。

 この状況は、財務面からも裏付けられる。両社のバランスシートを比較すると、ヤマダ電機は自己資本比率が50%を超えるのに対し、ビックカメラは20%をやっと超える程度で、安定感に欠ける。また、小売業はその特性上、他の業態と比べ棚卸資産を多く抱え、それは在庫リスクとなるが、その比率(売上高棚卸資産回転率:売上/棚卸資産)で見ても、ヤマダ電機に劣る。

ビックカメラの巻き返しの一手は?

 では、ビックカメラが巻き返す可能性はないのだろうか? そんなことはないはずだ。勝機は、他業種との戦略的提携にある。

 家電専門小売という業態において、スケール競争の勝負はついた感がある。従って巨大小売の専売特許である安値競争を単純に続けても、勝つのは難しい。サービスの質を上げるという線も考えられるが、競合も同様のことを行うだろうから、これも差別化にはなりづらい。

 そこで、家電小売とまったく離れた他業種との包括的提携によって、競争の土俵をひっくり返すのである。そしてその相手は誰かというと、私は「JR東日本」だと思う。

JR東の集客力をビックカメラに流し込む方法とは

 そもそもビックカメラの強みは、“駅近”という立地である。郊外に多くの店舗を構えるヤマダ電機と異なり、ターミナル駅を中心に、常に駅のすぐそばにあることがビックカメラの最大の強みである。

 この点を考慮すれば、最良の戦略は、駅そのものを運営するJRとの提携である。現在、JR東日本では、飽和した運輸事業の補完として“駅ナカ”ビジネスを積極的に進めているが、この方針に乗って、JRの持つ圧倒的な顧客トラフィックを活用させてもらうのである。

 そして提携のキーワードの1つは、「企業通貨」にある。

 先日の本コラムでも触れたように、現在、非接触型の電子マネーの普及が盛んになり、JR東の「Suica」、私鉄連合の「PASMO」、セブン&アイの「nanaco」、イオンの「waon」、ビットワレットの「Edy」などの各陣営が、ポイントという名の企業“通貨”を企業間で乗り入れし、業種を超えたあらたな経済圏を作りつつある。

 なかでも「Suica」の企業通貨としての汎用性が著しく高まっていることに着目し、Suicaの利用者を同じ駅周辺に店舗展開するビックカメラに誘導する戦略を構築するのである。

 両者はすでに、「ビックカメラSuicaカード」という形でポイントの相互提携を行っている。これは、ビックカメラ店舗で付与されたビックポイントを1000円単位でSuicaに移行(チャージ)できるカードだ。逆に、JR東日本の「ビューサンクスポイント」をビックカメラのポイントにも変えられる。

JR東日本とビックカメラの提携カード「ビックカメラSuicaカード」

 しかし、残念ながら現在のスキームでは、顧客獲得にはつながりにくい。なぜなら換算率の関係上、ビックカメラで貯めたポイントがSuicaにチャージされてしまうからである(参照リンク)。これでは、ビックカメラの買い物客はどんどんとSuicaに流れてゆく。

 そこでまずはこの換算率を改善し、「ビックカメラSuicaカード」を使って貯めたポイントを、Suicaにチャージするよりも、ビックで使うほうが有利になるように変更する。これは大きな変化をもたらすはずだ。

 というのは、JRの利用は、出張など「ビジネス」での利用が多いが、ビックカメラの買い物の多くは「私用」だからである。

 どういうことかというと、Suicaで貯めた“経費”で落ちるポイントを、「私用」である家電の購入に使えるため、ビジネスパーソンにとっての価値が大きくなるからだ。こうすることにより、Suicaで貯めたポイントを使って、駅に隣接したビックカメラで家電を買うビジネスパーソンは確実に増えるだろう。

 これによる集客力アップを考慮すれば、ポイント換算率を引き上げた場合の割引コストを十分に補えると仮定できる。さらに一歩進んで、「ビックカメラSuicaカード」を持っていなくても、他のSuica(またはVIEWカード)さえ持っていれば、ビックカメラでポイントが貯まるような仕組みを作ってしまってもいい。そうなると利便性の観点からも、ますます顧客はビックで買い物をする可能性が高まるのではないか。

 ヤマダ電機でもポイントを発行しているが、こちらは自社でのポイント還元が中心で、業種間の連携を視野に入れた「企業通貨」戦略では、ビックの方が一歩進んでいる状況である。

 したがってもしビックカメラが、家電販売小売店という土俵での戦いをやめ、企業通貨を軸とした業種連携という新たな戦略軸を打ち出せば、仕入れ・販売の交渉力において逆転も可能かもしれない。

包括提携などの“戦略的転換”が必要では?

 ではそのような包括的な提携路線を、JR東は飲むだろうか? 今のままでは難しいだろうが、方法はないわけではない。

 そのために一番よい方法は、少々ドラスティックではあるが、ビックカメラの株そのものを売却することである。現在、ビックカメラの株式は、創業会長の新井隆二氏が72%を保有しており、残り株式をすべて足しても拒否権33%を持てない。これは上場企業としてガバナンス上、必ずしも好ましい状態ではないだろう。

 もちろんこのような案は現実的には飲まれないだろうが、現在の押し迫った熾烈な競争環境を考慮すれば、価格・サービスといった戦術レベルの競争ではなく、包括的な提携によって競争の土俵をひっくり返すくらいの“戦略的転換”が必要なのではないだろうか。

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