ボーカロイド・初音ミクがもたらす「3つの革命」ロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年10月29日 21時49分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 このところ、何かと話題になっている「初音ミク」。しかし初音ミクが秘める「大きな可能性」に言及している報道は、比較的少ないように思える。

 個人的には、このソフトがネット業界を大きく変革する可能性すらあると考えている。ポイントは、大きく分けて3つある。順に見ていこう。

UGCの強力な支援ツール

初音ミク。身長158センチ、体重42キロ。得意な音楽ジャンルは、アイドルポップスやダンス系ポップス。COPYRIGHT 2007 Crypton Future Media

 初音ミクは、クリプトン・フューチャー・メディアが発売した音声合成ソフト(9月3日の記事参照)。ヤマハが開発した音声合成エンジン「VOCALOID 2」を採用しており、その技術も確かなものがある。実際にユーザーが合成した初音ミクの「声」を聞くと、そのスムーズさに驚かされる。「コンニチワ ワタシハ ハツネミク デス」といった歌声ではなく、「こんにちは 私は初音ミクです」と再生される――と表現したら、分かりやすいだろうか。

 この技術力に感嘆したユーザーが、初音ミクにさまざまな歌を歌わせてニコニコ動画に動画をアップロードしている。「初音ミクにこれを歌わせてみた」「あれを歌わせてみた」など、初音ミクシリーズともいえる動画群が出現し、これが初音ミクのブレイクにつながった。TBSは番組内で「萌え萌えアイドルが、まるでレコーディングをしたかのように歌ってくれるのだ」と“萌え”にフォーカスした紹介を行った(10月15日の記事参照)が、本質的には技術面に注目すべきソフトだ。

 こうした経緯から見ても、初音ミクとUGC※(User Generated Contents)の相性が良いことは明確だ。そもそも、ユーザー(=ニコニコ動画などに動画をアップロードするクリエイター)からの、使い勝手のいい音声合成ソフトに対する需要は高かった。仮に面白いアイデア/ネタを思いついたとしても、それに歌を付けるとなると自分で歌うか、友人に歌ってもらうしかなく、ハードルは高い。

※UGC:ユーザー(利用者)が作るコンテンツを指す。

 もちろん「やわらか戦車」(2006年2月の記事参照)のラレコさんや、古くは「ペリーの肉声」などで知られる宮崎吐夢さん(2005年9月の記事参照)、最近でいうと「ゴム」さんや「らっぷびと」さんのように、積極的に歌声を披露するクリエイターも存在する。しかしやはり、自分の歌をネット上で“さらす”のに抵抗あるユーザーもいるだろう。

 そういう意味で、匿名性を保ったまま歌声を付けられるボーカロイドの存在は大きい。実際、ニコニコ動画を見てみると「替え歌」を初音ミクに歌わせることでウケをとっている動画なども存在する。1〜2年前なら、この手のネタは歌詞だけ画面下部に表示させ、実際の音声は元歌のまま……というケースも多かったように思う。コンテンツ制作の現場が、変容してきた印象を受ける。

 もう1つ指摘したいのが、初音ミクにフィーチャーしたオリジナル楽曲を作曲するユーザーの存在だ。こちらは前述のようなネタでなく、極めて真面目に曲を作り、それを初音ミクに歌わせている。いわば、自分の作品を発表するための「歌い手」として初音ミクを起用しているわけだが、中には感心するほどクオリティの高いものも見られる。「自分の歌を皆に聞いてもらいたい」という憧れを持っているユーザーにとって、ボーカロイドの存在は極めて心強いだろう。

User Generated Idolという存在?

 次に指摘したいのが、初音ミクの「アイドル化」だ。キャラクターとして見た場合、初音ミクはソフトウェアのパッケージに描かれただけの存在。つまり、性格設定が詳細にされているわけでもなければ、アニメのようなストーリー(背景設定)もない。

 それが今となっては、ユーザーによってマスコット化され、絵心のあるユーザーによってイラストを描かれ、ネギを持たされ、2頭身バージョンを用意され、といった具合にいい意味でユーザーに「いじくりまわされて」可愛がられている。User Generated Idol(ユーザーの手で誕生したアイドル)として、地位を確立したといっていい。

 バーチャルアイドルとしては、CGで描かれた「伊達杏子」「テライユキ」などの先輩も存在する。しかし初音ミクはこれらとは方向性が異なり、新次元のアイドル像を創り出すことに成功した。かつてホリプロが目指してかなわなかったステージに、いまや到達していると言えるだろう。余談だが、TBSの例の報道は「和田アキ子さんが所属するホリプロによる、初音ミクへの嫌がらせである」という、いかにもネットらしいジョークも存在する。

 クリプトン・フューチャー・メディアにどの程度の戦略があるのかは分からないが、普通に考えれば今後初音ミクのグッズを売り出すことも可能だろう。歌を歌えるわけだから、歌手としてデビューすることも可能だ。安易な商業化はユーザーの反発を招く恐れもあるとはいえ、ネット発のキャラクターが今後どのような展開を見せるのか、バーチャルアイドル新時代の幕開けにも注目したい。

著作権処理への突破口?

 最後に指摘したいのが、初音ミクが「著作隣接権」に影響を及ぼす可能性があるということ。これについては、少々著作権の説明をはさまなければならない。

 一般に楽曲があったとして、その権利は「曲の権利」と「実演者(歌手・演奏者)の権利」(=著作隣接権)に分けることができる。そして一般に、後者の権利処理の方が難しい。

 “着メロ”と“着うた”を例にとってみよう。着メロは、メロディを流すだけなので曲の権利だけを処理すればよい。すなわちデジタル音源を作ったあとJASRACに手続きをとって、最終的な売上の一定割合をJASRACに支払うよう契約を結べばいいわけだ。これで着メロの配信が可能となる。着メロデータの音源は自分で作ったのだから、著作隣接権はその人間(法人)に帰属する。

 一方で着うたの場合は、音源として「歌手を用意して録音する」という手間が必要になる。これは歌手とコネクションがない事業者には不可能だから、原盤権を持っているレコード会社と交渉して使用許諾を得る必要が発生する。もっと分かりやすくいうなら、着メロはレコード会社を無視して配信できるが、着うたはレコード会社に利益を落とさなければ配信できない(2005年4月の記事参照)

 ここで、初音ミクが登場する。特定の事業者がある楽曲を配信したいとして、初音ミクに「歌わせて」独自の音源を作ったとしよう。おそらくこの場合、著作隣接権はその組織に属するだろう。レコード会社が原盤権を持つオリジナルのCD/歌手の歌声にこだわるユーザーも多いだろうが、「元歌を初音ミクがカバーした」と解釈すれば、このコンテンツを受け入れるユーザーも出てくるかもしれない。要するに、リアルの歌手という存在をボーカロイドが“代替”できるわけだ。

 かつてレコード会社は、携帯電話草創期に訪れた「着メロブーム」の際に収益が得られないことを苦々しく思っていた。それが技術の進化とともに着うたを配信する時代になり、「着うたを大々的に配信できるのはレコード会社だけ」という状況に変わった(2002年12月の記事参照)。しかし初音ミク、およびこれから登場するであろうさらに進化したボーカロイドによって、再び多くの人間が楽曲配信事業に関わるような時代が来るかもしれない※。

 以上見てきた3点は、あくまで可能性の話。現時点では、初音ミクがこのとおりにネット業界を革新する、と断言することは難しい。ただし、初音ミクが「オタクが愛する『オレの嫁』」に過ぎない――という見方があるとしたら、それははっきり誤解だと断言できるだろう。

※編注:VOCALOIDのソフトウェア使用許諾条件によれば、ユーザーがVOCALOIDで合成した音声データを利用して自分のCDとして販売することは可能です。ただし、いわゆる着メロと商用カラオケは許諾が必要と定めています。

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