世界に誇る日本のアニメ産業を救え山口揚平の時事日想:

» 2007年10月23日 12時13分 公開
[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 10月13日、日本アニメーター演出協会(JAniCA、Japan Animation Creators Association)の設立発表が行われた。これは、アニメ制作者の環境の改善や技術の伝承や教育、制作者同士の交流の場など目指す初の業界団体であるが、実態はアニメーターの労働組合である。

 日本のアニメは世界的に高い評価を得ているが、その労働環境の現実は厳しい。ちょっと古いが、読売新聞に2005年に掲載された数字を引いてみよう。労働時間は1日平均10.2時間で、月間労働時間は推計250時間。しかしアニメーターの年収は100万円未満が73.7%を占めているという。

 仕事については78.4%が「プライドを持っている」と答えるも、報酬については49.5% が「納得のいく額ではない」と回答。失業補償や年金についても9割近くが「十分でない」と答えている。

 メディア開発綜研の調査によると、2006年の日本国内のアニメーションの市場規模は約2400億円で、現在も拡大傾向にある。しかしアニメーションの制作現場では、すでに1年先までスケジュールがいっぱいに埋まっているなど、これ以上の生産ができないという状況も報告されている。

 市場は拡大中で、需要も高い。それなのになぜ、高い評価を得ている日本のアニメが産業として成り立っていないのだろうか? まずはアニメ制作の収益構造の問題について考えたい。

利益は伸びてもキャッシュは伸びないビジネスモデル

 通常の事業では、売上とともに利益が伸び、キャッシュが生み出され、そのキャッシュを再投資することで事業が拡大する。ところが日本のアニメ産業では、利益の伸びに対してキャッシュが増えていかない。なぜならばアニメ制作では、投資から回収までのスパン(期間)が著しく長く、そのため必要な運転資金が極めて大きくなるからである。

 アニメ制作では、企画から実際の制作、そして放映して回収までにかかる期間が極めて長く、場合によっては5年、10年とかかることもある。その期間は、小規模な制作会社へ運転資金を供給しなければならず、キャッシュフローが圧迫される。つまり事業を拡大すればするほど、多額の運転資金が必要となるビジネスモデルなのだ。

ライツビジネスを伸ばす必要性は明らか

 アニメ産業がこれからフリー・キャッシュフローを増大させてゆくためには、支払いまでの期間が長いメディア事業だけではなく、エリア展開が可能で運転資金がかからず、追加生産コストが不要で 、キャッシュフローを創出する能力が大きいライツ(版権)ビジネスを積極的に伸ばす必要があることは明らかだ。

 日本のアニメ作品そのものは世界的にも極めて評価が高いが、このような無形のライツを管理し、その価値を最大化する手法に長けていない。その結果として、企業としても株式市場からの評価は高くない。たとえば、ガンダムやアンパンマンの版権を有する創通の時価総額は120億円前後である(同社の金融資産90億円を控除すると、わずか30億円の実質価値しか評価されていない)。また「攻殻機動隊」シリーズが人気で、高い技術力を世界的にも評価されているプロダクションIGの時価総額にしても約40億程度と小さい。

 一方、欧米の企業を見ると、極めて厳格に版権を管理しているディズニーなどは継続的に大きなキャッシュフローを生み出す体制を構築している。同社はすでに複合メディア企業と化しているものの、その時価総額は、670億ドル(約7兆円)を超える。

 ライツビジネスで価値を創造するためには、1つのキャラクターや作品を固有の世界観の構築まで育て上げ、かつ継続的・厳格な版権管理によって、その利益が損なわれないようにしなければならない。販売する製品もアニメだけでなく、ノベルティ市場、そしてテーマパークなどの「場」の提供による利益創出まで幅広く取り扱うことによって苦労して作り上げたアニメの価値をお金に変える可能性が初めて出てくるのである。

作品が“コピー”されるほど収益を確保できるビジネスモデルを

 とはいえ規模の小さい日本のアニメ関連企業が、個別に版権を管理し収益化してゆくことは現実的ではない。そこで必要となるのは、音楽業界におけるJASRACのような存在であろう。つまり業界が一丸となって、各社・各クリエーターの版権を共同管理する団体を創設し、収益化を委託する仕組みを作るのだ。このような仕組みによって、短期間のうちに一定程度の版権事業収入を業界全体として確保できれば、コンテンツ制作の現場の改善を促進することが可能となる。だがそれだけでは足りない。

 完全デジタル情報通信の時代には、版権をガードすることは難しい。実は世界的なトレンドは、著作権の放棄に向かっている。つまり作ったものの複製価値を否定する方向だ。

 マドンナがワーナーから離脱し、世界最大のコンサートプロモーター、ライブ・ネーションへ移籍という報道にもあるように(参照リンク)、複製されたCDではなく、ライブ(生)での収益を直接的な収益源とするような動きが活発化している。

 “版権から生へ”というトレンドに従うならば、収益化のもう1つの方向性は、作品中に収益モデルを組み込むことである。例えば、食品や消費財メーカーとタイアップし、あらかじめ作品中に商品を露出させることで、作品がコピーされ、氾濫するほど「間接的に」収益を確保するようなモデルがそれだ。

 作品の価値を損なわずかつ広告効果の高い仕組みを巧みに組み込むことによって、制作側にも企業スポンサー側にも価値をもたらすことが可能となる。今後はさらに複雑化した利益構造を持つビジネスモデルも増えてゆくだろう。

 作品の量的・質的向上を目指すことはもちろん重要だが、それだけではやっていけない。日本のアニメ産業が今、志向すべきは、版権価値の最大化を中心に新たな収益モデルを探ることである。

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