ニコニコ動画に死角はないのか?(後編)ロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年10月22日 08時00分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 前回の原稿では、ニコニコ動画のどこが革新的だったかについて概観した。本稿ではニコニコ動画の「未来」に焦点を当ててみたい。

 動画界に革命をもたらした新サービスは、順調に成長を続けられるのか。懸念材料はあるのか、あるとすればそれは克服できるのか。順に考えてみたい。

動画界の風雲児・ニコニコ動画が破壊したもの(前編)

先行者優位は変わらない?

 まずは、ニコニコ動画の競争環境について分析してみる。前回述べた通り、ニコニコ動画はコミュニティ色が強く、秀逸な「パロディ動画」があふれているサイトといえる。このサービスに直接競合する事業者は、今のところ見当たらない。

 コミュニティ性ということでいえば、会員数1000万人超を誇るmixiの「mixi動画」も一見ライバルのように見える。7月31日の決算説明会では、動画の総投稿数が75万本に及ぶことが発表された(7月31日の記事参照)。しかし個人的な感想として、mixi動画は「うちのペットの映像」「赤ちゃんの映像」「旅行に行ったときに撮影した動画」など、日記の延長のような動画が多い印象を受ける。ニコニコ動画のように「ネタ動画」の比率は、比較的高いわけではないため、これはライバルには当たらないだろう。

 ネット動画サイトの代名詞である、YouTubeはどうか。こちらは確かにネタ動画(いわゆるUGC=User Generated Contents)も多く掲載されている。しかしこちらは海外発の「外国人が顔出しでふざけている動画」が多く、ニコニコ動画とは若干テイストが違うように思われる。アニメ映像にゲームキャラクターなどを組み合わせた「MAD動画」といわれるコンテンツが豊富に掲載されているのは、やはりニコニコ動画だけだろう。

 そういう意味では、直接の競合は現時点で存在しないといえそうだ。前回触れたように、コミュニティ確立の難しさがエントリーバリアになっていることもあり、しばらくはライバル不在で先行者利益を享受できるのではないか。

成長性に疑問符?

 事業としての成長性はどうだろうか。既に説明したとおり、ニコニコ動画には複数の収益源がある。「プレミアム会員」「ニコニコ市場」「広告」などだ。

 プレミアム会員の数は、順調に増加している。前回説明した通り、最新の数字によると10万人を超える有料会員を抱えていることが分かっている。このままのペースでいけば、数カ月のうちに20万会員程度は獲得できるか……とも思えるが、現実はそう甘くはない。

 ニコニコ動画にとって、どうしても頭の痛い問題がサーバ運営だ。増強に次ぐ増強を重ねているとはいえ、アクセス数の伸び、およびそれに伴うトラフィック増加に追いつかず、現状では常時接続可能なユーザー数を制限している(10月5日の時点で、常時接続の開放枠を200万に戻すこと、その後10万単位で開放枠を増やすことなどが発表された)。サーバ負荷の影響でトータルのユーザー数に制限がかかっている限り、プレミアム会員数の伸びにも限界がある。

 ニコニコ市場の伸びも順調に見えるが、やはりこちらもユーザー数が増えない限りはどこかで頭打ちになるだろう。そういう意味では、サーバの問題を解決しない限りは成長性に疑問符が付く。

 現状、ニコニコ動画事業は赤字だ。そこからさらに設備投資をしなければ成長できないのだから、資金調達の問題が生じてくる。ニワンゴの親会社であるドワンゴの直近の四半期決算(2007年9月期)を見ると、四半期の経常赤字が3億円程度出ているが、現預金で45億円、有価証券も75億円程度を蓄えている。サーバ投資には「億円」規模が必要になるとはいえ、ここは我慢のしどころだろう。前途有望な事業においてさらなる成長を目指すなら、ここで勝負をかけて資金をつぎ込むしかない。

 仮にニワンゴが売上高20億円規模、利益も数億円(仮に5億円とする)のレベルにまで成長すれば、次はIPOという話になる。障害も多いだろうが、何とか上場にまで漕ぎつければ、革新性を買われて時価総額が膨れ上がることは想像に難くない。そういう意味では、IPOで資金を回収するモデルにして、積極的に投資をしていくのも悪くない。

 参考までに、ミクシィが上場したときは、直近の純利益5億7600万円に対して、2200億円もの時価総額が付いた(2006年9月の記事参照)。実に400倍近いマルチプル(倍率)が付いていたわけで、市場が「有望」と見込んだIT系のサービスには時として信じられないほどの評価が与えられる(6月12日の記事参照)。ニコニコ動画も、利益5億円に大して50倍のマルチプルが付き、5億円×50=250億円の時価総額に達したとしても大して驚くにはあたらないだろう。

ニコニコ動画のリスク要因は?

 リスク要因は、何があるのか。前回の原稿で挙げた「強み」の裏返しがリスクになっていることが多いと思われる。例えばニコニコ動画の誇る強力なコミュニティがある日突然崩壊すれば、サービスの根底が覆えされる。あまりに性急なペースで会員拡大を行い、新規ユーザーと古参ユーザーとの間で価値観の共有が上手くいかないようだと、コミュニティの雰囲気が悪くなってしまう。仮に両者がコメントで非難の応酬を行うようになれば、ユーザーが逃げていって事業が立ち行かなくなることもあるだろう。

 取締役であり、ニコニコ動画の“顔”として抜群の働きを見せる西村ひろゆき氏も、考えようによってはリスク要因だ。常に訴訟問題を抱える彼のこと、「ひろゆきが逮捕されるらしい」という怪情報は、ネット上で常に現れては消えている。もしこれが現実のものとなり、万が一取締役が逮捕される……という事態になれば、ニワンゴおよびドワンゴの責任も追及されるだろう。

 著作権侵害の問題もある。ドワンゴとして真摯に対応しているとはいえ、権利者が集団訴訟でも起こそうものなら、動画の大量削除およびユーザー離れにつながらないともいえない。音楽業界の権利者を怒らせれば、親会社であるドワンゴの携帯着メロビジネスにも悪影響があるだろう。

 だがこのあたりは、ニコニコ動画のユーザーも重々承知している。面白いもので、アニメのMAD動画に「このアニメは何曜日何時から放送中」などと“自発的CM行為”を働くクリエイターもいる。また、既に放送を終了しているアニメ/テレビ番組にAmazonリンクでDVD商品のレコメンドが付いている場合もあり、コメント欄で「アップロードは3話までにして、続きを見たい人はDVDを買おう」といった類の呼びかけがなされることもある。こうした動きが評価されれば、権利者も多少は態度を軟化させるかもしれない。

 とはいえ当分、音楽業界などがネットを警戒する姿勢は変わらないだろう。最近のダウンロード違法化(条件付違法化)の動きも、権利者側の巻き返しの動きととらえることもできる(9月26日の記事参照)。根本的で、そして最も重大なこの問題をニコニコ動画がどう解決していくのか。動画界の風雲児の「次」に期待したい。

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