口に出せないメッセージは温めて――Toast Messenger郷好文の“うふふ”マーケティング

» 2007年10月18日 21時02分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

 マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 あなたは毎日、朝ごはんを食べているだろうか。朝ごはんがその一日を決める。栄養だけでなく、出かけるときの気分も、その日の運さえも。

 家族揃ってテーブルを囲んで朝ごはんを食べる――それが理想なのだろうが、今時は起きる時間もバラバラ、出かける時間もバラバラな家庭も多いだろう。そもそも朝ごはんを食べない家庭だってある。そんな家族も結びつける商品が、「トーストメッセンジャー(Toast Messenger)」である。

トーストメッセンジャー

 トースターの上部にはパッドが付いていて、専用のペンを使ってメッセージを書くことができる。心にうつりゆくよしなしごとをパッドに書いたら、食パンをトースターにポン。フタを閉めて3分間待てば、こんがりトーストの表面にはさっき書いた文字が……という仕掛け。

 この画像のようなきちんとしたメモでなくてもいい。帰りに買ってきてもらいたい買物リストでもいい、ふと思いついたブログのネタでもいい。アンパンマンでも描けば、子どもから「ねえまたあれ描いて!」とせがまれるかもしれない。今日は試験だ、どうしても覚えられない単語を書いて、食べて覚えよう!……というのは、ドラえもんの「暗記パン」だったか。

トーストメッセージ・シーン

 こんなシーンを考えた。早起きの彼は、毎朝勝手に起きてはいつのまにか家を出てゆく。ベンチャービジネスの共同経営者として、夜も遅くなる典型的なハードワーカーである。彼の出て行ったしばらく後、彼女はむっくりと起きて、9時半から始まる職場に向かう。いやその前に、今春から幼稚園に通いだした下の娘を、年少組に預けなくてはならない。こうしていつものすれ違いの朝が始まる。

 いや……今朝はいつもと違う。彼女はこめかみをじっと押さえた。寝不足で頭がジリジリと痛い。昨夜、子どもの教育方針のことで、彼と言い争いをした。元は他愛ない話なのに、「何もかも上の空ね! 耳なしオトコ!」と怒鳴ってしまったのだ。愚痴を聞いてもらいたいだけだったのに……。

 彼が倒れるように寝てしまったあと、彼女は言い過ぎたと思った。朝早く出かける彼へのメッセージをトーストメッセンジャーに書いてから、床に就いた。

「ごめんなさい。言い過ぎました。今日も一日がんばって。妻より」

 朝起きてみると、食卓の上にはパンくずが散らかっていた。彼女は自分と子どもたちのために、3人分のサラダを手早く揃え、卵を割ってサニーサイドアップを焼き、1つにはラップをかけた。今日は朝早くの会議があるので、小学生の息子が学校へ行くよりも前に家を出なくてはならない。パンを焼こうとして、トースターの上の彼のメッセージに気づいた。

「ボクこそごめん。今晩は早く帰ってちゃんと話を聞くよ。夫より」

 いつもは何も食べずに出かける夫が、今朝はトーストを口にしていったのだ。彼女は微笑んでトーストを焼いてから、そのメッセージを消し、新しくひらがなでメッセージを書きなおした。「お兄ちゃん、学校に行く時間よ」と息子を慌ただしく起こすと、娘を連れて家を出た。

「きょうもしっかりね。ケンカしないでね。ママより」

 夕方、彼女は家に着いた。寝不足もありハードな一日だった。ポストから抜いた夕刊と郵便物を食卓の上に置いた。「あらあら、トースター出しっぱなしで……」コンセントを外しながら、ふとトースター上のメッセージに気づいた。

「ママ、パパ、けんかしないでね」

デザイナーはSashaさん

トーストメッセンジャーを発案したSasha Tsengさん

 「トーストメッセンジャー」は台湾人デザイナーのSasha Tsengさんの素晴らしいアイデア。現在サンフランシスコ在住のSashaさんの、台湾でのデザイナー修行時代の産物である。台湾の家電メーカーTsann Kuen Enterpriseのコンテストで、トーストメッセンジャーは銀賞を受賞した

 Tsann Kuen Enterpriseは乾坤日本電器から、「EUPA」というブランドでオーブントースターを発売中である。いずれトーストメッセンジャーも、EUPAブランドで発売されるのだろうか。そのことを含めて、Sashaさん本人にインタビューをした。

 どのようにこのアイデアを着想したのでしょうか?

Sasha 朝食は一番美しい時間。だからそのために何かデザインしたかったのです。愛する人、家族、友人たちを思い出しました。それでCD-Rを焼き付けるようなデザインを着想しました。

 このデザインで何を表現したかったのでしょうか?

Sasha ことばではうまく伝えられないこと、それを伝えられるといいなと思います。そのメッセージが食べられるのは素敵だと思います。

 トーストメッセンジャーを商品化する予定は?

Sasha 私のWebサイトにデザイン案をアップロードしてみると、商品化を望む人がとても多いのです。そこで最近もTsann Kuen Enterpriseに商品化の計画について確認しました。メッセージを焼き付けるメカは難しいものではありません。文字も絵も焼けますし、色を付けることまでできるのです。技術ではなく、マーケット上の理由から商品化のタイミングを見ているようです。

人を温かくさせる、ユーモラスなことがデザインのテーマ

Sasha Tsengさんがデザインした、メッセージ入り紙コップ

 紙カップにメッセージも入れるという着想もありますが、あなたのデザインのテーマは「メッセージ」が主題ですか?

Sasha 私のデザインのテーマは、人を温かくさせる、ユーモラスなことをデザインすることですね。幸せが一番大切なことだと思うからです。生活の中から、旅の中から、友人とのおしゃべりから、人を幸せにするアイデアはいろいろなところから生まれます。紙コップのメッセージのアイデアは「フォーチュン・クッキー」から生まれました。私はデザインするとき、「人がパーティで集まっていて、そこで何があったらもっとパーティが素敵なものになるのか」そんなふうに考えます。場を楽しくする商品をデザインするのが私のテーマなんです。

 あなたのデザインの夢は?

Sasha とりたてて何をデザインしたいという夢はないです。毎日生活をエンジョイしたい。好きなデザインをしながら生活を楽しんでいますから、今は幸せですね。とにかくデザイン好きなので。

 でも、このトースターのデザインは2004年にしたものですから、もっと新しいデザイン、もっと優れた仕事ができると思っています。ですから2007年の初めに私は企業所属デザイナーの職を辞して独立しました。それで“SashaPure”というブランドを作りました。

SashaPure

パンも心も温かくするトーストメッセンジャー

 ダンスや音楽、旅行が好きだというSashaさんのモットーは、日常生活をピュアな視点で切り取ってデザインの着想をすること。そして「デザインで人を温かく、ユーモアで包むこと」。生活の中からデザインの素を切り取って、メッセージやコミュニケーションをデザインにエッセンスとして加えるのだ。

 トーストメッセンジャーを見ると、ちょっとしたアイデアで、普段使っている商品が、誰かとのメッセージツールになりうることが分かる。お弁当箱も、ポケットティッシュも、ハンカチも、マグカップも、アイデア次第でメッセージのやり取りを商品に付加できるのではないだろうか。

 商品開発とは、その商品が本来持つ機能からの直線思考ではダメなのである。トーストを焼くという機能はいったん忘れて、トーストという食品や焼くという機能で、あるいはトースターそのもので、人はどうしたら幸せになることができるのだろうか?――こういう視点がSashaさんのデザインにはある。

 トースターでのメッセージのやりとりは、食パンを食べないとできないから、ホワイトボードや、携帯電話よりもずっと手間がかかる。だがその分だけ、一日のスタートを快調に切れる温かさがそこにある。メッセージでパンも心も温かくする、それがトーストメッセンジャーである。

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