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» 2007年10月16日 08時48分 UPDATE

山口揚平の時事日想:ポイントは「負債」――見えない貨幣の脅威とは?

顧客の囲い込みを目的に始まったポイントサービス。ポイントを発行する会社は増え、ポイント同士の乗り入れが進んで、今や「企業通貨」と呼べるレベルに達している。しかし実体が不明のポイントはいわば“負債”。企業はポイントという名の負債を、きちんと管理できているのだろうか?

[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 非接触型のICカードが増えるに伴い、飛行機のマイレージを筆頭に、各種のポイントカードが増えている。野村総合研究所の推計では、2005年度は4520億円、2011年度には5500億円と予測しているが、トラックされていないポイントを含めるとその倍くらいのポイントが発行されている可能性がある(参照リンク)

マイレージプログラムは、「空き席のまま飛ばすなら人を乗せた方がいい」から始まった

 企業がポイントカードの発行を始めた理由は、顧客の囲い込みである。代表的なのは航空会社の発行するマイレージだ。マイレージがポイント発展の起点となったのは、2つの背景がある。

 1つは航空事業が基本的に、「人を運ぶ」という差別化しにくい効用を提供しているため、割引やボーナスで顧客の囲い込みをしやすいことだ。もう1つは、顧客を乗せようが乗せまいがコストが変わらない固定費ビジネスなので、「空席」を運ぶよりは顧客を無料で乗せてしまった方がよい、という発想があるためだ。

 航空会社の平均的な搭乗率は75%であり、320人乗りのジャンボ機に当てはめると、80席が空白ということになる。これを安価に提供でき、顧客を囲い込めるのであれば安いと考えたわけだ。

 ところがポイントはその後、大きく進化を遂げた。今では、様々な企業がポイントの共通化を図り、マイルを中心とする一大企業連合へと発展している。例えばJAL系では、イオン、トヨタ、Yahoo!、ANA系では、Edy、ENEOS、高島屋という具合である。提携網の拡大で、両陣営はそれぞれ約2000万人の会員を持つに至っている。10月1日に民営化した日本郵政もポイントを発行する予定だ。

 ポイント経済圏の広がりは、問題も引き起こしつつある。その1つは、実態不明のポイントという負債が管理できなくなっていることだ。

 そもそも企業会計において、発行されたポイントはどのように処理されるべきだろうか? 通常、ポイントは次回以降の購入に当てられる。従ってそれは顕在化していない負債である。

 負債である以上、企業はバランスシートに、ポイントの使用率を基に引当金を積む必要がある。しかし中には、顧客がポイントを行使した際に販売促進費用として、損益計算書上だけで処理することがある。これだと発行されたポイントは、企業にとって簿外の債務となり、企業の実態を正確に把握することができなくなってしまう。また引当金を積む場合でも、企業によって引当率が異なる。つまり、ポイントをどう処理するかは、経営者の「良心」に依存しているということになる。

行き着く先は、強い信用力をもった「企業通貨」

 そもそもポイントの本質は、企業に対する消費者の「貸付」と見ることもできる。しかもこれは、無利子の貸付なのである。さらには、時間が経てばポイントが消滅してしまうケースもあることから、返済されない貸付という認識もできる。

 企業は、ポイントという借入を利用者から行い、その分を運転資金として仕入れ等に当てることもできるのである。このような視点に立てば、安易なポイントの発行は厳格に取り締まるべきであるし、その会計処理についてもルールが必要だ。

 ポイントの発行会社が倒産した場合の弁済規定も、プリペイドカード法に規定があるのみで、その意味でもリスクは高まっている。このような問題を抱えながらも、製品やサービスでの差別化が難しいため、顧客囲い込みの戦術としてポイントシステムは、今後も進化をし続けるだろう。

 行き着く先は、強い信用力を持った「企業通貨」である。企業が規模を拡大し、さらなる信用力を持つようになると、単純な割引ポイントではなく、「貨幣」の発行体としての存在感をますます強く帯びるようになる。

「見えない通貨」がもたらす危機

 そもそも「貨幣」とは、信用の土台の上に作られたコミュニケーションのためのツールに過ぎない。従って、そのツール自体の価値を保証する存在があれば機能する。

 貨幣の価値を決めるのは、その汎用性(使える対象、使う人の数)と、発行母体の信用力である。信用膨張した企業通貨は、当該企業間で直接、連携が図られなくとも、第三者を介したポイント自体の売買が行われる可能性もある。個人情報保護法が施行されて以来、匿名性の高いポイントカードが増えてきているのがその一端だ。

 そのように考えると、世界レベルで連携される大規模な企業通貨が発行されれば、法定通貨より高い価値を持つ日が来るかもしれない。政府とは、ある特定地域に限定した秩序の維持と、権力の行使しかできない存在である。しかし企業は資本主義社会において地域を選ばず、世界中に貨幣(マネー)を展開することができる自由な存在である。その意味では、企業が政府の権力を実質的に凌駕する可能性も秘めている。

 現在、日本ではこれらの企業通貨全体をカバーする法律はなく、既存の法律(プリペイドカード法など)を適用しているにすぎない。他国では、電子マネー発行企業を金融事業者として統制する場合も多いが、日本ではそのようなケースが少ない。

 最近のサブプライムローン問題同様、このポイントカードという「見えない通貨」の膨張がもたらす危機を認識していなければ、我が国の金融資本主義の発展に思わぬ禍根を残すことにもなりかねない。

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