照明を売らない照明器具「LivingColors」はどこが新しい? 新連載・郷好文の“うふふ”マーケティング

» 2007年09月20日 18時11分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・運営、海外駐在を経て、1999年よりビジネスブレイン太田昭和のマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。現在、マーケティング・コンサルタントとしてコンサルティング本部に所属。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 あなたは照明にどんな価値を求めるだろうか。暗闇に光を? 照明器具だから当然。だがいまどき、明るさだけを基準に照明器具を選ぶ人は少ないだろう。デザインやスタイル、省エネルギー、寿命、安全さ……。オフィス照明なら作業効率を高めて疲労を軽減するのが共通テーマだが、プライベートの照明には、単調でモノトーンな光源ではなく、ゆったりとした居心地良さが求められるようになってきている。

光の色は1600万色! LEDランプ「LivingColors」

 2007年8月に発売されたオランダPhilipsの「LivingColors」は、ほぼ無限といえる1600万色の光でムードづくりができる照明器具だ。

蘭Philips「LivingColors」

 LivingColorsは4つのLED光源(赤2、青1、緑1)を持っており、各光源をリモコン操作でコントロールすることで1600万通りの光の色を表現できる。ホワイトバランスと照度もコントロールもできるので、色あい、明るさまですべてが自由自在だ。リモコンは、iPodのようなクリックホイールが付いたもので、ホイールを微妙なタッチで操作すると、照明の色合いや明るさを自由に変えられる。

 同社のWebサイトでは、LivingColorsの色合いを変える操作をマウスで体験できる(参照リンク)。筆者もやってみたが、これがリアルで実に面白い。「昨日はダークだったけど、今日はすかっとブルー!」といった感じで、気分に合わせて、部屋の模様替えが片手でできる。価格は149ユーロ(約2万4000円)、欧州で先行発売中だ。

LivingColorsの操作をWebサイトで疑似体験できる

"what color is..."のムードづくり

 この商品は、禅問答のようだが「照明器具だが照明を売らない」。では、照明を売らずに何を売っているのか? LivingColorsのテレビCMのメッセージを見てみよう。

 "what color is..."

 "a good memory ?"

 "love ?"

 "a lazy Sunday ?"

 「色は……甘い思い出? 恋? ウダウダする日曜日?」CMには3つのシーンがある。

CMには3つのシーンがある

 "a good memory ?"の文字が表れる最初のシーンでは、若い女性が男性と同居を始めたのだろうか。男性と2人で部屋の片付けをしていると、女性が取りあげた1冊の本からハラリと1枚の写真が落ちる。それを男性がぱっと取り上げて「へぇ!これだれ?」と笑いながら女性に訊く。女性は「昔のことよ」というように微妙な表情を浮かべる。このカップルの行く手には……? 将来を予見させる暗示なのか、このシーンのテーマカラーはブルーなのである。余談の教訓だが、みなさん、本に写真をはさむときには気をつけよう。

 2つめは"love ?"。恋だ。それも破れた恋だろう。じっと遠くを見つめる女性がソファに横たわる。泣いているのかもしれない。じっと心にこみ上げるものを堪えているようだ。だが突然枕をつかむと、「ふざけないでよ!」とそれをブン投げる。そう、まだ恋は片付いていないのだ、彼女の中では。ソファの上で体を折り曲げてモヤモヤする彼女の心のテーマカラーはパープル。ヨーロッパ人の失恋色はパープルなのだろうか? ちょっと気品がある。

 3つめは"a lazy Sunday ?"、ウダウダの日曜日。結婚して数年経つカップルだろうか。クイーンサイズのベッドの上で新聞を読んでいる。この2人の格好がいい。女性はベッドの上でうつぶせになって雑誌を読み、男性は妻の背中とお尻の間のくぼみに頭を載せて、悠々と新聞を広げている。欧米の新聞は、日曜版は分厚いところが多い(厚さ2インチくらい!)。国内ニュースに始まり、地方や地元の話題、リビングやライフスタイル、スポーツそして競馬欄……と隅々まで新聞を読みひたる日曜日。テーマカラーはオレンジ。「愛する人とアンニュイに過ごせる日曜日こそ、人生の極み」という感じだろうか。

 男と女がいて、そこには、未来の愛と始末のつかない愛とアンニュイな愛がある。「色は匂へど散りぬるを」(いつか花は散るものさ)というが、LivingColorsのメッセージは「色を映して、散ることも幸せも演出しよう」だ。つまりLivingColorsは照明器具を売っていない。「生活シーンをつくるムード」を売っているのだ。

LEDを使った照明のメリットとは?

 LivingColorsという商品の最大の特徴は、家庭用照明でありながら、光源に白熱灯や蛍光灯ではなく、LED(発光ダイオード)ランプを採用した点にある。

 LEDを使うことで、さまざまなメリットが生まれる。消費電力が小さいこと(一般的な電球の5分の1だ)、発熱が小さいこと、小型で軽量、長寿命かつフリーメンテナンスなこと。そしてデザイン上の自由度が非常に高くなる。ベッドサイドでも出窓でも床でも、LivingColorsならごろんと置ける。これは、LEDだからできることである。

 だが「小型で軽量、発熱が小さい」などの機能メリットを訴えるだけでは、市場は広がらない。LEDの活用は、信号や標識、路上照明といった公共の用途や、一部の高級車のヘッドランプやテールランプ、マグライトなどに限られている。LEDを採用した家庭用照明器具としては、デスクスタンドなど一部の商品が販売されているが、広く普及までにはまだ数年を要するだろうという見方が強い。高価格であることが障害になるだけでなく、照明をLEDにする理由や意義が、いまひとつ明確になっていないからだ。

照明はエクスペリエンスの時代

 消費者の価値観は一夜では変わらない。とくに生活に密着し安定している商品の場合、「すごい機能」「今よりもちょっと楽チン」ぐらいでは、成熟した消費者は反応しない。

 だが商品の機能を越えて、人の価値観にうったえるなら話は別である。散ると分かっていても愛に賭ける――そういう女性の心情に訴えることで、商品に機能を越えた価値が生まれる。「LivingColorsは照明器具ではありません、あなたの愛の形を自在に演出できるムードづくりのソフトウエアです」これこそがLivingColorsのメッセージなのだ。"What color is..."のメッセージには、照明を「プロダクト(製品)」から「エクスペリエンス(体験)」へ、そういう発想の転換がある。

 だからCMの最後のメッセージはこうだ。「colors of your own mood(あなた自身のムードの色を)」。本当に新しいものは、感性から受け容れられる。機能からではない。

感性が市場の根底を覆す

 照明をエクスペリエンスとして捉えれば、家の中のあらゆるシーンに市場が拡がる。Philipsは光るテレビも発売するらしいが、ほかにもいろいろ考えられるだろう。光る壁、光る机、光るパーティション、光る椅子……。ムードをいかに演出するか?このアプローチこそ、マーケットを根底から変えるものである(参照リンク)

Philipsの「Glowing Placesプロジェクト」。人工の光をこれまでにない方法で応用して雰囲気を高めることで、退屈な公共スペースが Glowing Places(光あふれる場所)に変わる、とする

 ゲーテは死ぬ間際に「もっと光を」と言ったそうだが、未来の人は「わたしの好きな色にして」と言い遺して昇天するのだろうか。

“うふふ”マーケティングとは?

 初めまして、マーケティング・コンサルタントの郷です。週1回連載するこのエッセイでは、話題の商品や、かつて話題だった商品の“真ん中にあること”に着眼し、読者のマーケティング感度にキュッと磨きをかけさせていただきます。

 取り上げるテーマは商品に限りません。「サービス」「ブランド」「販売促進」など、世の中にインパクトをもたらすテーマを、好奇心の赴くままにチョイスし「うふふ、そうだね」という“分かるマーケティング”をお届けするのが目的です。

 毎日更新、をモットーに「マーケティング・ブレイン」というマーケティングブログを書いていた私のところに、ある日メールが届きました。網をかけたのは「誠」の吉岡編集長。女性に釣られるのはいつも気持ちがいいので、揚々と網にかかってモガモガせずにお会いしました。

吉岡 ところで連載のタイトル、どうしますか? 「郷好文のXXXマーケティング」みたいな形がいいと思うのですが。

 “マーケティング+何か一言”ですね

吉岡 そうです。

 仕事の相棒・Cherryさんに「郷さん、いつもうなりながらブログ書いているでしょ。だからhmm(ん〜む)がいい」と言われて考えたのが「hmm……マーケティング」。自信を持ってこのタイトルを提案したのに、「発音しにくいからダメ」と編集長にあっさりダメ出しされ、しばらく悩むことに。

 そろそろタイムリミット、というある日の深夜、編集長から1通のメールが届きました。「郷さん、『“うふふ”マーケティング』ではどうですか?」携帯で深夜見たメールに、思わず吹き出し「いいですね! 採用理由は『うふふ、そういうことなのね』という感じで、『分かるマーケティング』を目指すから、とでもしましょう」と返信し、この変わったタイトルが決まりました。

 読者を“うふふ”とさせて、笑顔の「マーケティング・フェイスニング」ができれば幸いです。ご愛読、よろしくお願いいたします。


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