IC利用率78.4%。IruCa(イルカ)の街、高松の電車・バス事情 神尾寿の時事日想・特別編:

» 2007年09月14日 10時01分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 人口41万8000人、約17万世帯が住む香川県高松市。瀬戸内海を挟んで本州・岡山と向き合う形で四国にある高松は、“讃岐うどん”ブームで一躍脚光を浴びた街でもある。

 この高松市に、78.4%という高い利用率を誇るICカード乗車券システムがある。それが高松琴平電気鉄道(ことでん)の「IruCa(イルカ)」だ。JR東日本のSuicaと同じ、FeliCaのサイバネ規格を用いたIruCaは、ことでんの鉄道・バスで利用されており、電子マネーサービスもすでに始まっている。

 時事日想は特別編として、“IruCaの街・高松”から、電車・バスの公共交通分野にフォーカスしてお届けする。

IruCaカード。右上の「フリーIruCa」のほか、定期券や記念カード、属性別IruCaなどがある

IruCa専用体制にシフトし、利用率を一気に高める

 高松琴平電鉄は香川県高松市の3市4町をエリアとしており、営業キロ数は60Km、駅数は51駅という地方民間鉄道だ。無人駅を含む全駅でIruCaに対応している。

 IruCaの発行枚数は約10万枚(2007年7月末時点)。このうち約7万4000枚がプリペイドカードで、約2万7000枚が定期券だ。ポストペイ方式はない。鉄道・バスにおけるIruCaの利用率は78.4%と高い。

朝の通勤・通学風景。老若男女が“IruCa専用改札”に向かっていく。IruCaカードを使うのが当然といった光景だ

ことでん瓦町駅の自動改札はすべてIruCa専用改札で、切符の挿入口はない

自動改札の中を覗くと、中は「空っぽ」。磁気の切符やプリペイドカードを扱わないので駆動部は存在しない。当然ながら、紙詰まりトラブルは皆無

IruCaカードを所有しない人向けに「紙の切符」も、いちおう存在する。しかし、裏返すと背面はまっ白。ペラペラの“ただの紙”に切符が印字されただけのものだ。切符で乗る人は、有人改札でこれにはさみを入れてもらう。回収した切符は段ボール箱に放り込まれていた。IruCa利用率が高いので、切符で乗る人は少ないようだ

駅にあるIruCa用の自動チャージ機。チャージはもちろん、利用履歴のプリントアウトもできる。印字できる履歴件数はSuicaよりも多い

 なぜ、これほどIruCaの利用率が高いのか。

 その答えは簡単だ。ことでんには磁気式のキップや定期券、プリペイドカードといったものがなく、自動改札はすべて「IruCa専用」で整備されている。首都圏でもJR東日本がSuica専用改札を増やしているが、高松ではIC乗車券しか使えない“IruCa専用が基本”なのだ。紙の切符もかろうじて存在するが、それを使う場合は駅員がいる昔ながらの改札を通らなければならない。

 高松市の中心部にある瓦町駅では、5レーンがIruCa専用改札、1レーンが有人改札という構成になっている。朝の9時少し前、ちょうど通勤ラッシュの時間帯に訪れたところ、電車から降りてきた人の流れはスムーズにIruCa専用改札に吸い込まれていく。利用者層に老若男女の違いはほとんどない。有人改札を通る人は希であった。

 IruCa専用改札の導入に合わせて、駅務機器もすべてIC対応に刷新されている。券売機のスペースには自動チャージ機が設置されており、ここでは入金(チャージ)のほか、利用明細書のプリントアウトができる。また駅の窓口にはIruCaの入金や入出場処理を行う専用のPCとリーダー/ライターが設置されていた。

 ことでんでは、全体の7割の駅が無人駅だ。瓦町駅のような大きい駅以外には、ゲートのない簡易型のIruCa改札機が設置されており、そこにIruCaをかざして入出場する。この簡易型IruCa改札機は47駅115台が整備されているという。

 さらに無人駅での運用を考えて、電車に乗り込む車掌は専用のハンディ端末型のリーダー/ライターを携行している。このハンディ型IruCa端末では、IruCaの入金や入出場処理が可能だ。これにより「電車に乗ってからチャージ」という環境を実現している。

電車に乗る車掌はハンディ型のIruCa端末を携行している。これでチャージや入出場処理も可能。無人駅に向かうときに残額不足になりそうでも、車内でチャージできる

無人駅や臨時出入り口に設置される簡易型IruCa改札。Suicaの簡易改札と同じく、リーダー/ライターのみでフラップがない、シンプルなデザイン

変動するバス料金も自動計算

 バスでのIruCaを見てみよう。

 高松のバスは首都圏のような一律運賃ではなく、距離に応じて運賃が変動する。そのためIruCaの利用は、乗車時にいちどリーダー/ライターにかざし、降車する際にもういちど料金箱のリーダー/ライターにかざして料金計算・支払いをする形になる。むろん、料金の計算は“かざすだけ”で終わるので、とても簡単だ。リーダー/ライターの位置も大きく分かりやすい。

同日に電車とバスを乗り継ぐと、乗り継ぎ割引が適用される。写真は駅の自動改札で割引適用されたところ

 さらにバスでのIruCaでユニークなのは、電車とバスで「乗り継ぎ割引」があることだろう。これは同日中に電車とバスを乗り継ぎすると、乗り継ぎ先の運賃が20円引きになるというもの。地方では、自宅から駅まで距離がある場合が多く、利用者に好評な割引のひとつだという。公共交通全体の利便性向上、利用の拡大という観点からも、こうした異なる公共交通同士の乗り継ぎ割引は注目である。

市内を走ることでんバスも、電車と同じくIruCaで乗車できる

バスでIruCaを使う場合は、「乗車時」と「降車時」にかざす。料金計算と支払いは一瞬だ

利用者本位で魅力的な割引サービス

 IruCaは鉄道・バスの両方で一気に対応し、IruCa専用の利用環境を構築したことで利用率が急速に伸びた。IruCa導入は2005年なので、わずか2年余りで利用率78.4%に達したことになる。

 このようにIruCaへの移行は急激に進んだが、一方で、利用者の反発は少なかったという。そこで大きな役割を果たしたのが、「お客様の立場で考えた割引サービス」(高松琴平電鉄IC拡張推進室の西谷拓哉氏)の存在だ。

 詳しくは表を見てもらいたいが、IruCaでは1カ月間の利用回数に応じて割引区分が設定されており、これに応じて運賃が自動的に割引される。さらに記名式IruCaカードは属性情報が入るため、一般向けの「フリー」と、「スクール」「シニア」でそれぞれ割引率が変わる。

IruCaの割引区分

 利用回数に応じて利用料が変わる仕組みとしては、スルッとKANSAIの「PiTaPa」があるが、PiTaPaはポストペイ(後払い)方式である。IruCaはプリペイド方式で、しかも初回利用から割引が始まるのが特徴だ。利用頻度に応じた割引なので、無駄なくお得な料金になる。「これほどきめ細かな割引制度が導入できたのも、(FeliCa導入で)ICカード化をしたから」(西谷氏)だ。

 IruCaには、利用環境の整備・運用などで「IC乗車券のメリット」を最大限に引き出す仕組み工夫が随所に見られた。また利用者重視で作られた割引制度などは、首都圏に住む筆者もうらやましく感じる。JR東日本のSuicaなど、先行するIC乗車券のメリットを学びながら、サービスの部分で独自のアレンジを施したIruCaのスタンスは高く評価できるだろう。

 次回は、IruCa電子マネーを紹介する。

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