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» 2007年08月31日 08時30分 UPDATE

ロサンゼルスMBA留学日記:ウィルコムを買収したカーライルは、ハゲタカそれとも救世主? 

PHS事業を順調に伸ばしているウィルコムは、KDDIの子会社だったDDIポケットを、米カーライルが買収して誕生した会社だ。日本では外資系ファンドはとかく「ハゲタカ」扱いされるが、カーライルはハゲタカといえるのだろうか?

[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 MBAで勉強をしていると、投資ファンドをめぐる報道に違和感を覚えることが多い。日本のマスコミは、外資系金融ファンドを「ハゲタカ」と呼び、金の亡者として報道することが多い。しかし、本当にそうなのだろうか? 

 ここでは現在進行形の事例として、PHS通信事業を行うウィルコムを取り上げる。KDDIの子会社だったウィルコム(当時はDDIポケット)は2004年、米系投資会社のカーライル・グループに売却された。厳密にいえば、カーライル60%、京セラ30%、KDDI10%を出資するコンソーシアムの支配下に入ったということだが、カーライルが買収したと考えて差し支えない(2004年6月の記事参照)

 カーライルの買収により、ウィルコムに何が起こったのか。MBAでよくやるケース・スタディ風に、ファンドの行動を分析してみる。

買収戦略は「売却の章」へと移る

ay_wil00.jpg ウィルコム前社長の八剱洋一郎氏

 カーライル主導のもとでまず行われたアクションの1つは、経営トップの変更だった。カーライルは元日本IBMの八剱洋一郎氏を連れてきて、“外様”を経営のトップに据えた(2005年11月の記事参照)。さらに社名を変更し、ロゴも変えた。古くからの社員は「DDIポケットのアイデンティティが奪われていく」と感じたかもしれない。

 八剱氏は就任するとすぐ、PHSサービスの強みと弱みを分析。「マイクロセル」という独自方式こそが強みであるとし、以後の記者発表の席では何度もアピールをしている。また携帯電話とは異なり、PHSは病院などでも使える移動体通信端末だとして、病院で子供と母親が通話するCMなどを展開した。

 2005年5月からは、マイクロセル方式を生かして携帯電話・PHS業界初となる音声通話定額プランの提供を開始(ウィルコム端末同士の場合、2005年3月の記事参照)。市場に大きなインパクトを与えた。さらに、未開拓の市場であったスマートフォン分野に進出。Windows Mobile端末「W-ZERO3」は話題を呼んだ。これ以後、携帯電話キャリアも同様の端末を投入、スマートフォン市場を意識した戦いが始まることになる。こうした戦略はMBAの教科書通りで「SWOT分析※をして」「市場を観察した上でセグメンテーションを行い、適切なターゲティングをした」ということになるのだろう。

SWOT分析……企業の戦略立案を行う際で使われる主要な分析手法の1つ(参照リンク)
ay_wil01.jpg ウィルコム社長の喜久川政樹氏

 八剱氏はその後、喜久川政樹氏にトップの座を譲っている(2006年10月の記事参照)。企業として新たなるステージに入るため、DDIポケット生え抜きの喜久川氏にバトンを渡したということだろうか。一般的に企業は成長のステージに応じて、異なる技能を持った経営者が必要とされるからだ。

 PHSはもともと日本発の技術だが、日本でPHS事業を成功させているのはウィルコムだけだ。同じくPHS事業を行っていたアステルは2006年12月で、事業からの撤退を完了した(1月11日の記事参照)。NTTドコモも、2008年1月でPHSサービスを終了する(8月6日の記事参照)。カーライルの主導の下、ウィルコムのPHS事業がうまく行ったということに疑問を呈する人はまずいないだろう。

 ファンドの資金と経営リソースが注入されることで、ウィルコムは大きく変革されたということだが、それがどう評価されるべきなのかはよく分からない。そして、カーライルの買収戦略は最終章を迎え、次は「売却の章」へと移る。

ハゲタカのEXIT戦略としてのIPO

 ファンドは事業会社とは違って、買収した企業(もしくは事業)を持ち続けても利益にならない。最終的には、なんらかの形で「転売」して利益を得る。どのようなEXIT(出口)戦略を描くかということが重要になるわけで、そういう意味で彼らは事業買収にあたり、「誰に売るか」を強く意識している。

 「Business Media 誠」で時事日想の連載をしている山口揚平氏が過去の経験を振り返り、「まだ買収が終わらないうちに、EXIT(売却)戦略を考えているファンドもあった」と述べているが(7月3日の記事参照)、これは当然といえば当然だ。ファンドは「4年後にEXITするとIRR(リターン)が30%」など予測をしてから買収に踏み切る。この時、売却先は特定の事業会社でもいいし、市場でもいい。市場に売るというのは、IPO(イニシャル・パブリック・オファリング=上場)するということだ。

 ウィルコムは既にIPOに向けた準備を着々と進めていると言われており、一部メディアは「2007年10月」と報じている。IPOとなれば、カーライルが持ち株のうち相当数を放出することは間違いないだろう。あるいは“大逆転”が起こって、IPOを実施せず、他の事業会社に売る展開もあるかもしれない。もしくはIPOが実現されたあと、他の事業会社がウィルコムの株式を相当数買うというシナリオも可能性としてあるだろう。

 どんなストーリーになるかは分からないが、カーライルにしてみれば、売却益さえ得られれば、後はどうなってもいいはずだ。売却によってカーライルが莫大な利益を得た場合、日本のメディアはどのような報道をするのだろうか? カーライルによるウィルコムの企業価値を高めた努力は、どう評価されるのか。やはり「転売によってボロ儲けをしたハゲタカ」と報道されるのだろうか。ウィルコムは、ハゲタカの食い物になったのか。それとも「ハゲタカ」こそがウィルコムの“救世主”だったのか?

 ハゲタカか救世主か、それはマスコミが勝手に付けた呼び名に過ぎない。カーライルが資本を投入したことによって、他の利害関係者(社員、経営者、株主など)の犠牲なしにウィルコムが再生し、企業価値が増したのなら、それは利害関係者全員にとってハッピーな結末であるはずだ。たとえカーライルがウィルコム売却で大きな利益を得たとしても、それをハゲタカと呼ぶのには違和感を覚える。

 個人的に興味があるのは、ウィルコムのPHSユーザーが、カーライルをどう見ているのかである。ウィルコムを立て直した存在として、感謝しているのだろうか。それとも外資に嫌悪感を感じているのか。あるいは何も思わないのか。

 しかし、もしウィルコムの現状に満足しているユーザーがカーライルに感謝の言葉を伝えても、ウォールストリートの「ハゲタカ」たちは眉ひとつ動かさずに、きっとこう言うだろう。

 「OK、でもそんなことはどうでもいい。――次のディールは、どこにあるかな?」

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