レンタルショップ対決――TSUTAYAとGEO、2社の決定的な違いとは? 山口揚平の時事日想

» 2007年08月21日 09時56分 公開
[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


 以前この連載では英会話スクールGABAとNOVAの比較を行ったが、今回は2週間にわたってレンタルビデオ/DVD事業を展開するGEO(ゲオ)とTSUTAYA(ツタヤ)の2社を比較してその投資可能性を探ってみたい。

 今回のポイントは、一見同じようなレンタル事業を展開しているようにみえる両社が、実はまったく異なる事業を行っているということである。企業の本質的な強みは、企業の発展の歴史や財務構造を丁寧にひもとかないと見えてこない。今回は、それに挑戦してみたい。

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レンタル市場は、2社の寡占状態

 まずは、レンタル事業の市場環境を整理しよう。

 レンタル市場は90年代前半に急速に発展したものの、現在は成熟期を迎えており、TSUTAYAとGEOの2強による寡占状況が強まっている。

 このようにGEOとTSUTAYAの寡占化が進んだ背景には、レンタルのメディアが、ビデオからDVDへシフトしたという現象がある。もともとレンタルがビデオ中心の時代には、中小規模のレンタル小売業者が全国に乱立していた。しかし、ソフトがDVDに切り替わる際に多額の設備投資が必要になったため、資本力のないこれら の中小事業主は追加投資に耐えられず、名古屋の会社で財務体力のあったGEOにどんどん飲み込まれていったのである。一方のTSUTAYAは、POSシステムや顧客管理システムに強く、これらを武器にフランチャイズ店舗をどんどん拡大して大きくなってきた。

TSUTAYAとGEOの店舗と会員数

 GEOとTSUTAYAの店舗数を見ると、TSUTAYAが約1300店舗、GEOは900店舗ほどである(2006年3月時点)。店舗の分布状況を見ると、GEOは地方にも広く進出しているが、TSUTAYAは都市圏中心に展開している。

 両社とも拡大路線をとっているが、TSUTAYAがフランチャイズ店舗の増加を目指しているのに対し、ゲオはリストラ店舗の買収やM&Aを中心に行っている。後述するが、これは両社の根本的な強みに関係した戦略の違いである。

 店舗の会員数は、GEOの830万人に対し、TSUTAYAは1930万人と約2倍。店舗数÷会員数で計算すると、1店舗あたりの会員数はGEOが9400人に対し、TSUTAYAは1万5000人。店舗効率は格段にTSUTAYAが高いといえるが、これは店舗が都市部に集中しているためである。また、両社ともオンラインの映像ソフト提供を行っているが、GEOの107万人に対し、TSUTAYAは1000万人で10倍近いオンライン会員を抱えている。

財務諸表から何が分かるのか?

 では、次にTSUTAYAとGEOの財務状況を見てみよう。

TSUTAYAとGEOのP/L(損益計算書)。クリックすると全体を表示

 まずは、P/L(損益計算書)から見てみたい。売上や営業利益を見ると両社とも伸びはそれほど変わらないと分かる。なお、2007年にTSUTAYAの売上が落ちているのは、収益性の低い関連会社を連結から外したためだ。

 純利益を見ると、2006年にはTSUTAYAが大幅な赤字になっているのが分かる。営業利益が出ていて純利益が赤字ということは、特別損失が発生しているということである。その正体は、買収にかかる「のれん」のコストである。

 TSUTAYAは、一体、何のためにどんな買収を行ったのだろうか? その答えは少し先に述べるとして、次にB/S(貸借対照表)を見てみたい。

TSUTAYAとGEOのB/S(賃貸対照表)。クリックすると全体を表示

 両社のB/Sを比較すると、事業構造の違いがより明らかになる。総資産の内訳を見ると、両社の資産規模を大きく分けているのは、有形固定資産やその他固定資産の違いだと気付く。有形固定資産は、店舗などの土地・建物が大部分だが、これは圧倒的にGEOが大きい。なぜならばGEOは直営店で事業展開を行っているからだ。TSUTAYAはフランチャイズ展開をしているため、自社で持っている固定資産は少ないのである。

 また、GEOは店舗展開の原資を借り入れでまかなっているということが、長期有利子負債の額を見れば分かる。一方のTSUTAYAの長期借入金は自己資本の1/4程度である。

 他にB/Sをみていて気づく点としては、売上債権の差がある。

 GEOに比較してTSUTAYAは売上債権が大きい。レンタル事業は基本的に現金商売だから、売上債権があるということは、法人、つまりフランチャイズ加盟店に対するものであると分かる。つまり、GEOは直営店のため固定資産が大きくなるが、TSUTAYAはフランチャイズ展開のため売掛金のような運転資本が発生する構造だということだ。

 その他、小さな違いだが、TSUTAYAには無形固定資産や投資等といった資産がGEOよりも多い点にも注意が必要だ。これはソフトウェアや子会社株式を指し、TSUTAYAがIT投資を積極的に行っていることが分かる。

 B/Sを見ながら事業構造の違いに着目することができるようになればしめたもの。次にキャッシュフローを見てみよう。

共に投資期にある両社。何に投資している?

 キャッシュフローを見るときには、以前も述べた通り、縦軸に投資キャッシュフロー、横軸に営業キャッシュフローを取ってみるとよい(7月24日の記事参照)

TSUTAYAとGEOのキャッシュフローマトリクス。クリックすると全体を表示

 GEOとTSUTAYAのキャッシュフローを見てみると、両社ともフリーキャッシュフローはマイナスの年が多いことが分かる。つまり、投資期にあるということだ。

 レンタル産業が成熟期を迎える中、両社は一体、何に投資をしているのだろうか?

 TSUTAYAから見ていこう。キャッシュフローマトリクスを見るとTSUTAYAは昨年、大幅な投資をしたということが分かるが、そのほとんどがM&A費用である。有価証券報告書で確認すると、総額135億を3社の買収に充てている(アイエムジェイ、デジタルスケープ、デジタルハリウッド)。その他、レントラックジャパンという会社も買収しているが、こちらは株式交換によるもので、キャッシュには影響を与えていない。

 P/Lの時にみた、TSUTAYAの特別損失の「のれん」の償却の中身は実はこれらのM&A費用だったということが分かる。その効果あってか、2007年のTSUTAYAの営業キャッシュフロー、つまり稼ぎは大幅に好転し、倍近くになっている。

 一方のGEOは、投資キャッシュフローの額は毎年それほど変わらないものの、2007年の営業キャッシュフローが大幅なマイナスになっている。GEOの売上自体は伸びているが事業収益性は低下傾向にあることが分かる。

 GEOはどのような問題を抱えているのだろうか? そしてTSUTAYAはどのような方向性で事業を発展させようとしているのだろうか? 両社の将来の戦略については、次回考察したい。

財務分析で“ビジネスの結果”が分かる

 いかがだっただろうか? 今回のポイントは、財務数値の分析だった。

 財務分析というと、利益率や回転率といった難しい数値をこねくり回すという印象があるかもしれないが、実は違う。財務の数字は、あくまでも「結果」。結果をもとに、「原因」つまりビジネスが実際にどのようになっているかを知ることが、財務分析の本来の目的である。

 このような財務分析力を付けるコツは2つある。1つは、財務数値という結果がどのような背景から生まれているのかを、自分の頭で考えるということだ。「なぜ、利益率が下がっているのだろうか?」「なぜ、固定資産が大きいのだろうか?」――こういった現象の背景にある原因をひとつひとつ自分の頭で考えることによって、本物の財務分析力が身に付いてくる。

 もう1つのコツは、何度も何度も繰り返し分析を行ってみることである。私自身は、M&Aファームの在職中、毎日の通勤の行きと帰りに、1社ずつ有価証券報告書を読んでいたことがある。だいたい6カ月間で100社もの企業を見れば、おのずと財務諸表の勘所は分かってくるはずだ。

 今日、紹介した財務分析は、「企業分析セミナー(動画)」で詳しく説明している。本気で投資を学びたい人向けの内容になっているので、チャレンジしてみてほしい(参照リンク)

 最後に。くどいようだが投資とは、株を買うことではなく、企業を買うことだ。その意味で短期の株価を予測するのではなく、長期の企業価値がどのように向上してゆくのかを見極めることが必要だ。企業分析の道は険しいが、学べば学んだだけ成果があることは保証する。ぜひ時間をかけてチャレンジしてほしい。

 →続・TSUTAYAとGEO、レンタルショップ対決――注力するのはハードかソフトか

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