価格競争を仕掛け「最大の防壁」を自ら壊したドコモ神尾寿の時事日想:

» 2007年08月01日 11時27分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]
KDDIの高橋誠氏

 「うちはドコモに比べると契約年数の長いユーザーが少ないからね。だから、(誰でも割が)できたんですよ。ドコモに比べれば痛みは少ない」

 ドコモとKDDIの“価格競争”について問うと、KDDIコンシューマ事業統括部長の高橋誠氏は、そう言いながら笑みを返した。

割引サービス投入をめぐるドコモ・KDDIの価格競争

 7月27日、NTTドコモが新たな料金割引サービス「ファミ割MAX50」「ひとりでも割50」を発表した(参照リンク)。これは6月26日に発表し9月1日からの導入を予定していた割引サービス「ファミ割MAX」と「ひとりでも割」を改訂し、導入時期を8月22日に前倒ししたものだ。

 ここでドコモ・KDDIの割引サービス導入による、一連の価格競争を振り返ってみよう。

 まず、最初に値下げを仕掛けたのはドコモで、6月26日に前出の「ファミ割MAX」と「ひとりでも割」を発表した(参照リンク)

ファミリー割引のグループ全員がファミ割MAXを申し込んだ場合の割引適用イメージ

 前者はファミリー割引の契約者を対象にしたもので、2年間の継続利用を条件に、契約グループ内で最も長く利用しているユーザーの継続利用期間に応じた割引率をグループ内の回線に適用するというもの。この割引サービスの狙いは、家族内の「ドコモ契約年数が長い利用者」を軸にファミリー割引で囲い込むところにあり、長期契約利用者が多く、「ドコモユーザーの約7割がファミリー割引加入者」(NTTドコモ中村維夫社長)という同社ならではの割引サービスである。

 一方、後者の「ひとりでも割」は、2年間の継続利用を条件に、「(新)いちねん割引」+「ファミリー割引」と同等以上に基本使用料が割引されるというものだ。ファミリー割引加入率が高いドコモでは、この割引の対象者は約2割。こちらはKDDIの「MY割」に対抗策という位置づけが強かった。

 これらドコモの割引サービス発表を受けて、7月19日にKDDIが新料金プラン「誰でも割」を発表した(参照リンク)。同プランは、2年の継続契約を条件に、1人(単数回線)でも、利用年数に関わらず「年割」+「家族割(法人割)」の基本使用料の最大割引を適用するものだ。これによりWIN端末使用ユーザーは、月々の基本使用料が半額になり、利用年数が1年目の場合、従来の「MY割(法人MY割)」や「年割」+「家族割 (法人割)」適用時に対し13.5%割引率が拡大すえう。また基本使用料に含まれる月々の無料通話分は割り引き後も変わらず、「家族割」と組み合わせれば、家族間の通話料30%割引、家族間Cメールと無料通話分の共有もできる。

 KDDIの「誰でも割」は、従来からある「MY割」の役割を引き継ぎつつ、家族割と連携することで、すべての利用者に“2年契約を条件に基本料半額”を提示するものだ。ドコモの「ファミ割MAX」との大きな違いは、ファミ割MAXは“長く使った人がいれば家族みんなが得をする”ものであるのに対して、「誰でも割」は誰でも・いきなり半額なので、“長く使う人ほど得をする”という従来の経年割引のコンセプトを完全に覆してしまっている点だ。

 KDDIの反撃を受け、再度ドコモが繰り出したのが、7月27日に発表した「ファミ割MAX50」と「ひとりでも割50」である(参照リンク)。ここでドコモはKDDIの「誰でも割」に対抗するため、「ファミ割MAX」と「ひとりでも割」を申し込み時からいきなり“最大割引率”を適用する形に修正した。2年間の継続利用を約束するという前提条件はあるものの、ドコモも“長く使う人ほど得をする”という経年割引のコンセプトを覆したのだ。

 なお、このドコモとKDDIの価格競争によって、ソフトバンクモバイルも、両社の料金プランを真似た「ブループラン」と「オレンジプラン」に同様の割引サービスを導入している。これはソフトバンクモバイルが約束した“他社の料金割引発表から24時間以内に対抗プランを用意する”という施策によるものであり、対抗プランそのものに大きな意味はない(2006年10月の記事参照)。ソフトバンクモバイルの戦略的な料金プランは、依然として同社オリジナルの「ホワイトプラン」である(1月5日の記事参照)

ソフトバンクモバイルの孫正義社長は2006年、他キャリアが追従したり、対抗値下げした場合は、24時間以内にさらなる値下げを発表すると“公約”した

経年割引の無効化で、ドコモの防壁が崩れた

 価格競争は当然ながら痛みを伴う。

 収益面への影響で見ると、ドコモは当初の「ファミ割MAX」と「ひとりでも割」で200億円の減収、「ファミ割MAX50」と「ひとりでも割50」に改訂したことでさらに200億円のマイナスが上積みされ、合計400億円程度の減収になると予想している。一方のKDDIは、「誰でも割」の影響を約200億円の減収と見ている。KDDIはドコモに比べてユーザー数が少ないので、減収予想金額も小さい。しかし、KDDIは契約年数の短いユーザーが多く、その割引率が最大まで引き上げられることによる収益への影響は小さくないだろう。

 では、一連のドコモとKDDIの価格競争は“痛み分け”という形になったのか。中長期的に見ると、それは違う。

 今回の相次ぐ割引サービス導入により、“経年割引の割引率”は、事実上その意味を失った。契約期間の長さによる囲い込み効果が薄れ、長期契約者を多く獲得していることがキャリアの大きな優位性にならなくなったのだ。当然ながら、これは長期契約者の多いドコモの痛手になる。それが分かっているからこそ、ドコモは当初の「ファミ割」において、ファミリー割引対象者の中で最も継続利用期間の長いユーザーに割引率を合わせる形にし、“契約期間の長さ”の意味を失わせないように腐心したのだ。しかし、KDDIの「誰でも割」への対抗上、その配慮を覆さざるを得なくなってしまった。

 冒頭の高橋氏の言葉にあるとおり、KDDIは「契約年数の長いユーザーが少ない」。ドコモに比べると競争上の優位性となる長期契約者の数が少ないため、経年割引の意味を消失させても、“長期契約者を多く持つドコモ”を同じ土俵に上がらせるメリットの方が大きい。少し意地悪な見方をすれば、ドコモは自分から戦いを仕掛けながら、KDDIの反撃という挑発に乗って、自ら防壁の扉を開けてしまったのだ。

“囲い込み”は新たなフェーズに

 周知のとおり、キャリアの解約抑止策として、これまで重要な位置を占めていたのが、長期契約者を優遇する「経年割引」と、独占世帯を獲得する「家族割引」だった。しかし、ソフトバンクモバイルのホワイトプラン投入と、今回のドコモ・KDDIの価格競争で、経年割引はその意味を消失する。キャリアにとって、新たな囲い込み施策が重要になる。ポイント制度の強化、家族割引サービスの拡充は、今後さらに競争が激しくなるだろう。

 さらに、新たな囲い込み施策として筆者が注目しているのが、KDDIがGoogleと提携して投入した「au oneメール」だ(参照リンク)

 これは“一生つきあえる100年メール”として、広大なサーバー領域に、ユーザーのメールをすべて預かっていくというコンセプトのサービスである。携帯電話・PCとのシームレス化や、携帯電話の端末機能との融合も段階的に進めていく計画であり、最終的には“ユーザーのすべてのメールコミュニケーションをキャリアが預かる”ことを目指している。つまり、KDDIと契約し、auを使い続ける限り、au oneメールはユーザーのコミュニケーションをすべて記録し、Googleの強力な検索機能を備えた便利なパーソナルデータベースになっていく。しかし、これはauを解約すれば失われてしまう。キャリアの用意したサーバーサービス上のパーソナルデータが増えれば増えるほど、ユーザーはそのキャリアと解約しにくくなるのだ。その囲い込み効果は、電話番号やメールアドレス、経年割引の割引率以上であると言えるだろう。

 昨年10月の番号ポータビリティ開始から、もうすぐ1年。ここにきて携帯電話業界の競争環境は、大きな変化の兆しを見せ始めている。9月から始まる冬商戦向けの動きに注目である。

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