連載
» 2007年07月17日 22時30分 UPDATE

山口揚平の時事日想:授業料のために「処女売ります」は“アリ”なのか――資本主義って何だろう?

日本社会は今、大きな転換期にある。二酸化炭素の排出権も、裁判の無罪判決すらもお金で買える社会、市場原理が全てを決める社会へと変わろうとしているのだ。しかし、モラルや魂の問題を、市場原理にゆだねることに危険はないのだろうか……?

[山口揚平,Business Media 誠]

著者プロフィール:山口揚平

トーマツコンサルティング、アーサーアンダーセン、デロイトトーマツコンサルティング等を経て、現在ブルーマーリンパートナーズ代表取締役。M&Aコンサルタントとして多数の大型買収案件に参画する中で、外資系ファンドの投資手法や財務の本質を学ぶ。現在は、上場企業のIRコンサルティングを手がけるほか、個人投資家向けの投資教育グループ「シェアーズ」を運営している。著書に「なぜか日本人が知らなかった新しい株の本」など。


先日、ニューシング(newsing)を見ていたら、ショッキングなニュースがピックアップされていた。18才の女子学生が、学費のために処女を売るというのだ。価格は1万ポンド。ホテルから持ち帰ることのできる水準にしたとのことである(参照リンク)

 これについて、そんなの個人の自由だよ、といってしまえばそれで終わりだが、どうしても違和感がぬぐえない。違和感の理由は、あえて突き放した言い方をすれば、「貨幣による魂の侵食」とでもいうべき気持ち悪さにある。

 貨幣は今、急激にその守備範囲を広げている。CO2の排出制限も、お金さえ出せばいいんだろう? という考えに見える(6月11日の記事参照)。裁判の無罪判決すら、ある意味“お金で買える”という状況を、我々は目の当たりにしている。どのようなことでもアウトソーシングできる現代。お金で買えないものは、もはやないのでは? と思えるほどだ。

 そう、お金は名実ともに世界唯一の共通“言語”なのだ。

 もちろん法律や国家の方針は、貨幣の権力が入り込めない領域を作り上げる力を持っている。しかしそれも、一国の中だけでしか通用しないルールであって、世界共通ではない。世界唯一の言語は、貨幣だけなのである。ドルもポンドも結局は連動しているので、本質的には、世界ではたった1つ“マネー”というものしか存在しない。つまりお金は、世界最強のコミュニケーションツールなのである。

資本主義とは、民主主義とは何か?

 ではお金中心で動く社会、資本主義とはそもそも何なのだろう? 試しにgoogleで、“資本主義とは”と打ってみても、ろくな答えは出てこない。せいぜい、古めかしいマルクス論とか、“資本家が労働者を搾取して……”から始まる広辞苑の定義が出てくるだけだ。

 改めて考えてみよう。資本主義とは何か? 筆者は資本主義とは、一言で表現するならば「投票権がお金である」という社会だと思う。お金を媒介にして、社会の方向を進める社会である。

 では、よく出てくるもう1つの言葉、民主主義とは何だろう? これまた端的に言えば、民主主義とは物事が“投票で決まる”社会である。そこで、資本主義度合いと民主主義度合いを軸にとって、図を作ってみた。各国の位置付けが見えてきて面白い。

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 民主主義でも資本主義でもなかったのは、ガチガチの計画経済で社会主義を進めていた頃のソ連だ。民主主義だが資本主義でなかったのは、島国共同体意識の強かった戦後の日本。資本主義だが民主主義ではなかったのは、?小平のもとで一定範囲内での経済活動を許可したかつての中国、そして完全自由主義の多民族国家であるアメリカは、民主主義かつ資本主義ということになる。

 やや乱暴な分け方かもしれない。しかしここで大事なのは、僕らの国日本が今、資本主義的要素を今までよりもっと取り入れようとしているという状況を知ることだ。

市場原理を導入すると、社会はどう変わる?

 陪審員制度の導入、地方財政の自主運営化、総合金融市場の整備、医療・教育改革における経済的手法での解決……。日本社会は今、あらゆる面で変わりつつある。市場原理によって物事を解決しようとする社会へ変わろうとしているのだ。

 お金が媒介する社会、市場原理で物事が決まる社会――それも1つの社会の有りようだ。しかし市場原理で処理すること、つまり何でもみんなで取引して均衡点を探そうとするとどんな弊害が起きるのか、それについてはあらかじめ知っておかなければならない。

 例えば社会が市場化すると、不安定で、振れ幅が大きな社会になる可能性が高い。市場のシステムは、民衆のコンセンサス(意見の一致、集約)に基づいて行われるので、そのときどきの感情の起伏によって振れ幅が大きく発生し、社会が不安定になることもあるからだ。バブルが起こり、崩壊したことによって、どれくらいの人が“実質的”に損害を被ってきたかを忘れてはいけない。

 市場経済には、実態を評価(株価)が反映するのではなく、評価(株価)が実態を創りだすという側面がある。今の商法では、実態的な価値が小さな会社でも、株価さえ高く維持すれば、本当に実態的な価値を持つ会社を株式交換によって買収することもできてしまう。そうなると経営者は、利益を生み出すよりも、株価(評価)を創る努力をするようにもなるだろう。

 また市場が過剰に発展すると、需給バランスの崩れそのものを利益の源泉と捉える人達を生む。本来市場とは、需要者と供給者のマッチングの場であるにも関わらず、だ。こうなると市場は、本質的な需要者と供給者を放っておいて、値動きのブレを利用して一山当てようとする市場参加者の賭博場と化すだろう。いい例が、大豆やトウモロコシの先物市場だ。先物市場で取引する人の中に、実際に大豆やトウモロコシを使う人などほとんどおらず、ギャンブラーのばくち場になっているのはご存じの通りだ。

エンロン事件が教えてくれること

 筆者はかつて、世界5大監査法人の1つであるアーサーアンダーセンに所属していた。その時にあの有名なエンロン事件が起きた。

 エンロンは、電力からガス、天候、排ガス排出権に至るまで、あらゆる商品を取引できる市場を創っていった。だが取引の仲介手数料ではなく、自らの売買差益が収益の源泉であったため、取引をコントロールして利益を上げる方向に舵を切ってしまったのだ。

 エンロンは、ある時期にはカルフォルニア州一体を停電に陥れた可能性も指摘されている。そうすることで電力価格が上昇し、エンロン自体が巨額の利益を得ることができるからだ。一時は、フォーチュン誌で「アメリカで最も革新的な企業」ともてはやされたエンロンも、その実情が暴かれた結果破綻した。

 アーサーアンダーセンは、エンロンの監査を引き受けていたにもかかわらず、その巨大企業詐欺に加担して起訴され、90年の歴史にあっさり幕を閉じることになった。

 市場原理が生みだす高すぎる流動性は、ポジションゲーム(あるポジションをとって鞘を抜くこと)を助長するだけだ。何かを産み出すよりも、どこに位置するかの方が大事になるような社会は早晩機能しなくなる。なぜなら、全体の富が増えないからだ。

 貨幣、市場、流動性……私たちは今、資本主義の過渡期にあることを認識すべきだ。短期的に物事を“処理”しようとするのなら、誰にでも分かるお金はとても便利なコミュニケーションツールである。だが長期的に物事を良い方向に向かわせるのは、文化や教育に基づいた、もっと奧の深いコミュニケーションではないだろうか?

 最初の話に戻ろう。18歳の女子学生は、学費のために処女を差し出すぐらいなら、卒業後の給料を担保としたオプションを発行するほうがよほど合理的である。“魂の値段”は思いのほか高いということを彼女は知るべきだ、勝手ではあるがそう思う。

 また政府がCO2の排出権の“売買”よりも先にやるべきことは、「金持ちだろうと、エアコンは切れ」というモラルを喚起することだろう。

 日本は今、大きく変わりつつある。しかし、資本主義とは何か? 市場とは何か? 貨幣とは何か? といった本質を考えることなく、変わっていってしまって良いのだろうか。本来は倫理や教育によって解決すべき問題を、安易に貨幣的取引によって処理する風潮は、今一度見直さなければならない。

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