イー・モバイルは“キャズム”を超えられるかロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年07月06日 09時00分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 新しい製品の販売やサービスを開始した時、どのぐらいのスピードでマーケットに受け容れられるのかは、多くの経営者が知りたいポイントとなる。これについては「イノベーター理論」がよく知られている。

 新サービスを開始したイー・モバイルのサービスについて、市場で普及させるために注意すべき点は何なのか。イノベーター理論と合わせて考えてみたい。

イノベーター理論とは?

 まずは、下の図をご覧いただきたい。イノベーター理論と呼ばれる概念に基づいたもので、縦軸に新サービスの加入者数、横軸に時間をとってある。同理論では、製品/サービスがマーケットに浸透していくにあたり5つの異なる時期があるとされる。

イノベーター理論の図。縦軸が新サービスの加入者数、横軸が時間

 まず最初に来るのは、「イノベーター」がサービスを利用する時期だ。イノベーターとは、新しいものに興味を抱き、情熱を持ってサービスを試す人間……といったところだ。IT業界では新しいサービスや製品多く出てくるが、真っ先にこれらに飛びつくユーザーがイノベーターといえる。

 次に「アーリーアダプタ」がサービスを利用する時期。アーリーアダプタとは、イノベーターと似ているが、新サービスを見て将来性を見抜き、人より早めに採用しておく人間、ということだ。

 3番目には「アーリーマジョリティ」。思慮深い、実用主義者といったところだろうか。イノベーターやアーリーアダプタたちがサービスを利用するのを見て、これは有用だと判断したところで採用する人間といったイメージだろう。この頃になると新サービスは大分世の中に出回っている。

 4番目は「レイトマジョリティ」がサービスを利用し始める時期だ。サービスに懐疑的、保守的な層が「世間が利用しているなら」ということで採用を始める。

 最後にくるのが「ラガード」。直訳すると「ぐずぐずした奴」ということだが、伝統を重んじる人間、相応の信頼が築きあがるまではサービスを利用したくない、そんなユーザーを指す。

 イノベーター理論では、イノベーターが全体の2.5%を占め、アーリーアダプタが13.5%、アーリーマジョリティとレイトマジョリティが34%ずつで、ラガードが残る16%とされている。

16%のところで発生する越えがたい「溝」

 この理論の面白いところは、“アーリーアダプタ期”から“アーリーマジョリティ期”へと移行する、その瞬間を重要な局面としていることだ。ここへの移行が成功すれば、サービスの普及は加速し、広く受け容れられると考えられている。

 逆にいうと、アーリーアダプタが利用するだけで終わり、アーリーマジョリティを獲得できなかったサービスは廃れるということだ。イノベーターとアーリーアダプタ、この2種類のユーザーを合わせると全体の16%だが、サービスの普及が16%を超えられるかどうか、ここに1つのカギがある。イノベーター理論ではこの16%のところに「キャズム(Chasm=溝)」があると説明している。この溝を、なんとかして乗り越えなければならないわけだ。

 ここまで聞くと「裏づけもないし、バカバカしい議論だ」と思われる方もいるだろう。ただ、iモードの親ともいうべきNTTドコモの夏野剛氏もiモードの立ち上げ時に、このイノベーター理論を強く意識したと話している。キャズムを越えることが普及の近道だということで、とにかく早期に16%以上のユーザーを獲るために全力を尽くしたという。巨大産業を作り上げることに貢献した人が参考にしたモデルなので注目してもいいだろう。

イー・モバイルに当てはめてみると?

 携帯業界に新規参入したイー・モバイルにこの理論を当てはめてみよう。同社は携帯ビジネスについて、「5年で500万加入」を1つの目標にしている。これが最終目標というわけではないだろうし、そもそもイー・モバイルのようなサービスは日本での市場規模がどれくらいなのかという議論もあるが、話を簡単にするため、ラガードまで軒並み採用するようになったタイミングで500万加入達成と仮定する。

 そうすると、250万加入達成(50%)でアーリーマジョリティが軒並み採用している計算になる。“キャズム”である16%を越えるかどうかのポイントは、80万加入を達成するかどうか、というところと同一になるわけだ。

 イー・モバイルの発表によれば、開始月の加入者数は3万(5月15日の記事参照)。また、同社は初年度の獲得目標として、30万ユーザーをターゲットにしている。しかしこれだと、イノベーター理論ではイノベーターをカバーし終わり、アーリーアダプタに移行する時期にすぎない。あくまで教科書的な考えではあるが、爆発的普及のためにはまだ少ない。

 500万加入を目指すなら、その16%の80万加入を早期で実現できるよう、全力でマーケティングをかけていく。ひとたびキャズムを越えれば、あとは“巡航速度”で進むだけでサービスが普及していくはずだ。

 もちろん、理論と実際は往々にして異なるし、16%という数字も1つの目安に過ぎない。しかしイー・モバイルの挑戦が成功するか失敗するか、1つの指標として80万加入者という数字に注目しながら、毎月のユーザー増加数をチェックしていきたい。

ロサンゼルスで駐車をしていて「盗まれた」もの

 筆者は現在、学校とアパート間を車で通学しています。ロサンゼルスは車社会ですから、何をするにも車が必要です。しかし、車に関係する「あるもの」を盗まれてしまいました。それは、ちっぽけなシールです。

 それはただのシールではなくて、車を購入したあとカリフォルニア州のDMV(Department of Motor Vehicles)に登録を済ませ、登録証と一緒に発行してもらったシールです。これを後部のナンバープレートに貼ることで、警察な

どに「この車は正規の手続きを踏んだ車両」と判断してもらいます。

 このシールが、ある朝なかったのです。どうも誰かにはがされて、持って行かれたようです。とりあえず10数ドル払ってシールを再発行してもらいましたが、思わぬ手間をとられてしまいました。

 ロサンゼルスに住む日系の自動車販売業者の話では、このようなシールをはがしていく「シール泥棒」はけっこう多い、とのことです。ロサンゼルスはビバリーヒルズ方面にいけば大富豪が住む街ですが、場所によっては貧しい人間もたくさん住んでいます。車の登録手続きさえままならない人たちが、往々にしてシールを盗むのだと聞きました。この業者は「貧しい国です、アメリカは」と寂しそうに語っていました。

 シールを再発行してもらう際、「シールを盗まれる人間は多いのか」と担当の人に聞くと、答えは「Yes」。「中にはDesperate(死に物狂い)な泥棒もいて、シールをはがせないと見るやプレートごと外して持っていく」のだそうです。


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