シニア層の囲い込みで得たものとは――カブドットコム証券の戦略

» 2007年07月04日 18時18分 公開
[土肥義則,Business Media 誠]

 2006年にカブドットコム証券は、大きな事業をスタートさせた。それが夜間に株取引ができる「私設取引システム」(PTS)だ。これは国内初の試みで、その後、他のネット証券もPTSの導入を打ち出した。PTS開設のためには金融庁の認可が必要で、「証券会社を作るより難しい」と言われている。システム面などの条件をクリアーし、他社に先行する形でカブドットコム証券はPTSを立ち上げた。ただ、次々に他社も参入を予定しているため、どこまで先行者メリットを生かせるか。新しいサービスを提供できるかがカギとなるだろう。

 このほか預り資産(投資信託などの合計)を大幅に伸ばしているのも特徴だ。大手ネット証券が苦戦する中、カブドットコム証券だけが対前年度比で伸ばした。また他社に遅れて取り扱いを始めた外国為替保証金取引(FX)も、これまでにないサービスを取り入れ猛追を見せている。

 カブドットコム証券は6月29日、日本格付研究所から格付けが見直され、長期A+(3段階引き上げ)、短期J-1(1段階引き上げ)に格上げとなった。三菱UFJフィナンシャル・グループの連結子会社のため、グループからのサポートが期待できることや、高い収益性などが評価された。指定格付機関から長期シングルA格、短期J-1格を取得したのは、ネット証券では初めて。格上げによって調達コストの削減が見込まれ、今後は財務基盤の強化が期待される。常務執行役で営業統括部の部長を務める臼田琢美氏に、今後の方針などを聞いた。

PTSは「神聖なもの」

カブドットコム証券の臼田琢美常務執行役

 「新しい投資スタイル」を個人投資家に提供する――これをコンセプトに2006年に「私設取引システム Proprietary Trading System」(PTS)をスタートさせた。もちろん競合他社も指をくわえたまま黙っているわけではない。SBIホールディングスと米Goldman Sachs Groupが折半出資で、夏をめどにPTSの開設が決まった。また松井証券も、秋ごろにPTSを始める予定だ。

 他社に先駆けてスタートしたカブドットコム証券の臼田氏は、PTSを「神聖なもの」と位置づけている。その理由は「取引市場というものは『公正』でなければならない」からだという。取引市場を運営するということは、違法な取引を監視し続けなければならないということだ。単なる金儲けの手段としてPTSを考えると、違法取引などを見落とす恐れがあるからだ。

 これまで日中に株取りが出来なかった人も視野に入れ、競売買(オークション)によるPTSを国内で初めて導入した。「前場、後場、さらに夜間が加わった感覚だ」。東京証券取引所の売買時間は前場が午前9時から11時まで、後場は午後12時30分から3時で終了する。売買時間と同じように夜も株価の変動に合わせたリアルタイムの売買が可能となったわけだ。「個人投資家にとっては、資産と時間を有効に活用できるのではないか」とメリットを強調する。

昼間と夜間で継続的に注文ができる

 PTSでの1日あたりの売買代金は、対前月比15.8%増の平均1億4600万円(5月末)、1日のあたりの売買高も34.2%増で、平均10万8076株(同)となった。「参加者は徐々に増えてきている。今後は取引が活発化するようにサービスや利便性を高めていきたい」と抱負を述べた。

短期に売買する人には先物・オプションを勧める

 あらかじめ定められた日に現時点で決められた価格で売買をする取引――先物市場の売買が順調だ。取引口座も前年度末比で91%増加となっている。カブドットコム証券は先物・オプション取引を早くから扱っており、投資情報ツール「kabuマシーン」の充実を図ってきた。例えば、日経225mini(日経平均の指数を対象とした取引)では、正確性にこだわった。「あまりにも取引量が多いため、すべてのデータを正確に表示できないツールもあるようだ。しかし『kabuマシーン』ではスピードと正確性を確保しながらも、データを“間引かず”に提供している」と自信を見せる。

 だが投資の初心者にとっては、「先物」と聞くだけで、“恐い”や“難しい”といったイメージが先行する。その考えは、誤りだと主張する。「株は基本的には企業の株主となり、長期保有するのが向いている。値動きが1日で1%〜3%程度であり、短期売買には向いていない」という。さらに個人投資家に警告を促す。「値動きの激しい銘柄は売りたい時に売れないなどリスクが高く、大きく損をする人もいる。何が起きるか分からないのが個別銘柄。そのため短期売買での集中投資は、難しいしリスクも高い」ことを訴える。

 たしかに個別銘柄と違って、先物・オプション取引はストップ安が続く可能性が少ない。損が出れば売却して損失を確定すれば、ロスの拡大を防ぐこともできるはず。商品特性を考えても期限があるため、短期売買に向いている取引とも言える。「レバレッジ(手持ち資金よりも多い金額を動かす)を効かせて短期売買で儲けたいという人には、先物・オプション取引が向いているのではないか。最近は信用取引(証券会社に担保を預け資金などを借りる)以上に先物・オプション取引の申し込みが増えてきた。その背景には新興市場の低迷や、日経225miniの人気があるからだろう」。

シニア層の囲い込みで、預り資産残高が増加

 預り資産残高を2006年3月末から1年間を見ると、大手ネット証券5社の中でカブドットコム証券だけが増加した。さらに2005年3月末から2年間では、2倍以上に増加した。その要因として、シニア層へのアプローチがあるようだ。シニア割引や三菱UFJ信託銀行との提携などにより、50歳以上の取引者は50%を超えた。

 「シニア層の特徴として、新興市場に投資をしている人は比較的少ない。そのため新興市場低迷の影響を、あまり受けなかったのだろう。大型株を保有している人が多く、例えば電力株などで儲けたのではないか」と分析する。大型株で儲けた資金の中から、投信を購入している人がいるようだ。

投資信託は右肩上がりで増加している

 今年の5月からは外国為替保証金取引(FX)の取り扱いを始めた。大手ネット証券では最も遅かったが、手ごたえを感じているようだ。FXの手数料を主要ネット証券で最も安い水準で、保証金として現金だけではなく「株式」も利用できるのが特徴だ。株式を担保にできるサービスは他社にはなく、現金だけの保証金よりも資金効率が良くなることがメリット。「例えば保証金の半分を株券とし現金と合わせると、レバレッジで10倍まで購入することが出来る。そうすれば20倍まで購入することが出来るので、少ない資金でも取引が可能だ」。

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