拉致問題と核拡散、日本の選択が迫られる日藤田正美の時事日想

» 2007年06月25日 00時00分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 マカオの銀行に凍結されていた北朝鮮の資金がようやく送金されて、6カ国協議で決まっていた北朝鮮の核施設の無能力化が動き出すようだ。北朝鮮が動き出せば、韓国も凍結していた援助を再開することになるだろう。

 もちろんこれは2月に合意した初期段階措置だから、各国が本格的にエネルギーの援助などを行うにはまだ時間がある。しかし、日本は“拉致問題の解決がなければ、日朝国交正常化交渉も援助もない”という立場なので、場合によっては日朝関係だけ取り残されるリスクも出てきた。

米国は核問題を優先

 安倍政権は拉致問題に関して強硬な態度を崩さない。それには首相の信念もあるだろうが、強硬であることが支持率の上昇につながってきたからだ。問題はそこにある。

 拉致問題の解決という条件をつけたことで、日本の打つ手は限られてしまった。拉致問題が残っているかぎり、テロ支援国家の指定から北朝鮮を外さないでほしいと米国などに頼み、一応の了解は取り付けてある。しかし、北朝鮮がそれを逆手にとり、拉致問題のみを残して核問題を解決すると提案してきたら、米国はその提案に乗るだろう。なんと言っても、核開発問題は東アジアの安全保障に関わる大問題なので、北朝鮮の譲歩を見逃す手はないからである。

 もしそうなれば、安倍政権は打つ手がなくなってくる。もちろん現在のブッシュ政権が安倍政権を「裏切る」ようなやり方はしないだろうが、拉致問題で振り上げたこぶしを降ろすように説得してくることはありうると思う。その時点で、安倍政権の対北朝鮮政策は、国内問題に転化してしまうのである。こぶしを振り上げるのは簡単だが、振り上げたものはどこかで降ろさなければならない。降ろす条件が満たされた場合はいいが、満たされない場合は問題が難しくなる。北朝鮮問題では、まさに安倍政権がそうした立場に立たされることになるだろう。

インドの核問題で反対できなかった日本

 最近ではもう1つ、印米原子力協定で日本は難しい立場に立たされていた。インドに対して米国が原子力技術を供与するという協定で、昨年3月にブッシュ大統領が訪印した際にマンモハン・シン首相と合意したものである。しかしこの協定が効力を持つためには2つのハードルがあった(5月21日の記事参照)

 インドは、NPT(核拡散防止条約)を締結しておらず、したがって国連の核査察機関であるIAEA(国際原子力機関)の査察も受けていない。独自に核技術を開発し、核兵器を保有している(パキスタンも同じ)。こうした国に対して、米国は国内法によって原子力技術を供与することを禁じていた。それにもかかわらずブッシュ大統領は原子力技術を供与すると決定した。それだけではない。国際的には、NSG(原子力供給グループ)があり、こうした国に原子力技術を供与するにはこのグループの承認を得なければならない。日本もNSGのメンバーである。

 国内法のハードルは昨年12月に連邦議会が法改正をしてクリアしたが、NSGの問題はまだ残っている。日本は核兵器廃絶の立場から、本来はインドのような国に対する技術供与には強く反対するはずであった。しかし米国が言い出したことだけに、反対しにくかったのである。安倍総理が訪米した際には、内々で米国に賛成するという意志を伝えたとされるが、日本の大原則を曲げるものとして国内では批判されるところであった。この問題は、インドと米国の交渉が難航しているために、日本が最終的な態度を表明しなくてもつぶれる可能性が高くなっており、外務省としては「ホッと」しているかもしれない。

核拡散の中で日本は原則を守れるか

 北朝鮮問題とは直接関係がないとしても、両者とも核にからむ問題であり、日本としては絶対に譲れない一線がある。その大原則をもし印米原子力協定に絡んで揺るがしてしまったら、北朝鮮からもその矛盾をつかれかねなかった。

 現在、原油高騰を受けて世界は原子力ブームの“前夜”といった状況にある(4月25日の記事参照)。と同時に、核兵器問題でも世界は核拡散の方向に向かおうとしている。こうした中で日本が原則を守り通せるのかどうか、その時の基本的な論理の枠組みをどうするのか、問われる機会は必ず増えるだろう。

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