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» 2007年06月04日 00時00分 UPDATE

藤田正美の時事日想:“サイバー戦争”に耐えたエストニア、国家の関与を否定するロシア

“IT先進国”エストニアがサイバー戦争の被害に遭った。テロではなく“戦争”と呼ぶにふさわしい規模の攻撃、それは21世紀型の新しい戦争だ。

[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 EU(欧州連合)とロシアの首脳会議が5月18日に開かれた。今年末に期限の切れるEUとロシアの「パートナーシップ協力協定」(1994年締結)に代わる新協定の協議を始めるはずだったが、結局、何の合意にも至らなかった。

 EUとロシアの対立点はいくつかある。例えばポーランドは、エネルギーのロシア依存から脱却を主張していた。だがそれに対しロシアは“報復的に”ポーランドからの食肉輸入を禁止した。また同じくロシアは、バルト3国のうちリトアニアに対して昨年7月以来、パイプラインを通じての原油輸出を停止している。これはリトアニアがマゼイキウ精油所の株を、ロシアの石油会社ではなくポーランドの会社に売却したことに対する“嫌がらせ”と見られている。そして、エストニアを解放した旧ソ連軍兵士の像を当局が移設した4月27日以来、エストニアのネットワークに対する「攻撃」が強まっている。

熱心に研究する国防関係者

 輸出の停止などは目に見える話だが、サイバー攻撃は目に見えないだけでなく、誰がやっているのかもよく分からない。この攻撃が、一部クラッカーによる個人的なものとは違い、かなり大々的であるところからも、エストニアが反ロ姿勢を取ることへの懲罰と見る声は根強く、「国家が関与しているのでは」という見方も出ているが、ロシア政府は否定している(6月1日の記事参照)

 国の安全保障にサイバーテロは重大な影響を与えるという議論はしきりにされている。だが、実際どの程度に深刻な影響があるのかは、ほとんど想像の域を出なかったと言っていい。国が運営するWebサイトに落書きをされるとか、その程度の話なら政府のメンツがつぶれるという程度の笑い話である。攻撃を仕掛けてくるのが単なるクラッカーだという前提であればそれで済むが、もっと大規模な話となれば様相は変わってくる。エストニアでは実際にそれが起こっているのだ。英エコノミスト誌(5月26日号)によれば「世界の先進国や国防関係者は、エストニアにどんな攻撃が仕掛けられたのかを熱心に研究している」という。

攻撃に耐えたエストニア

 エストニアは世界でも最もデジタル化、ネットワーク化が進んでいる国の1つだ。1991年に独立して以降、IT立国を掲げ、今年2月には世界で初めてネットを利用した国政選挙を行っている。「ネット先進国」であるだけに、消防や救急に1時間ほど電話がかからなくなったりしたとはいえ、攻撃によく耐えた。これがもし他の国だったら「もっとひどいことになっただろう」というのが、現地を視察したNATOの専門家の見立てだ。

 このエストニアに対する攻撃は、かつてないほど進化したものであると同時に大規模なものであった。攻撃にはボットネットと呼ばれる「ハイジャックされたコンピュータ群」が利用された。これらのコンピュータが政府や銀行などのサイトに対して、DDoS攻撃(分散サービス妨害、アクセスを殺到させてサーバを停止させようとすること。セキュリティ用語事典参照)をかけたと見られている。個人や犯罪組織の能力をはるかに超えた規模の攻撃であり、国あるいは大通信企業の協力なしには不可能だという。

サイバー「戦争」と呼ぶにふさわしい

 エストニアを襲った今回の「サイバー攻撃」は「テロ」と呼ぶより「戦争」と呼んだほうがふさわしいと専門家は言う。問題は、世界のどの国も(エストニアは例外としても)、この21世紀型の新しい戦争にはまだ慣れていないということだ。どれだけエストニアのケースを研究しても、慣れない攻撃を仕掛けられれば対応は遅れてしまう。かといって、通信や政府関係のあらゆるコンピュータをインターネットから切り離すことは、今となっては不可能だ。それほどインターネットは生活を支えるライフラインとなっているのである。インターネットが、悪意の有無に関わらず、世界のすべての人に開かれているという事実は今後も変わることはない。誰にでもオープンであることこそがインターネットの発展を支えてきたからである。

 ひょっとすると今後、エストニアに仕掛けられた攻撃が日本にも仕掛けられ、リアルな戦争へつながることもあり得るかもしれない。そう考えると日本は大丈夫だろうかと不安になる。つい先日も全日空の予約発券システムで大規模なシステム障害が発生して、大きな影響が出たばかりだ(5月31日の記事参照)。誰かが悪意を持って攻撃を仕掛け、このような機能麻痺がもし複数のシステムで起こったら、ある意味ミサイル攻撃よりもはるかに広範な被害が起こるだろう。その時に脅かされるのは、私たちの生活であり命である。

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