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» 2007年06月01日 00時00分 UPDATE

神尾寿の時事日想:“ぶつからないようにして”車から歩行者を守れるのか

政府は、交通事故死亡者5000人以下の数値目標を掲げているが、どのように減らすことができるのか。歩行者自らが位置を知らせるITSが実現すれば、数値目標を達成できるかもしれない。

[神尾寿,Business Media 誠]

 沖電気工業は5月28日、DSRC車々間通信システムを携帯電話に組み込む「超小型DSRC無線モジュール」を開発したと発表した。また、同モジュールを搭載した歩行者安全支援用途の携帯電話の試作にも成功した(5月28日の記事参照)。DSRC(Dedicated Short Range Communication)は5.8GHz帯を使った車用の通信規格の1つであり、現在、有料道路の決済用に使われているETCを発展させた技術だ(キーワード)

 DSRCは当初こそロードサイドの民間企業向けキャッシュレス決済市場への利用も期待されたが、施設側の設備がFeliCa機器などと比べると高コストであることもあり、現在は「車車間通信」や「路車間通信」などITS(Intelligent Transport Systems : 高度道路交通システム)の安全用途の通信機能として研究開発が進んでいる。

 今回発表された沖電気の安全支援携帯端末は、超小型DSRC無線モジュールを使ったDSRC車々間通信機能とGPS位置測位機能を、携帯電話のGSM機能(第2世代携帯電話の方式)と連携させるもの。携帯の通信機能は、GSMだけでなく、PHS、W-CDMAなどの第3世代携帯電話規格(3G携帯)、無線LANなどに変更することもできるという。

 同端末を持つ歩行者は、車同士が直接情報をやりとりする車々間通信装置を搭載する走行車両に対して、自分を中心としたDSRC無線エリアを構成。そのエリア内に自分の位置情報を一定時間の間隔で発信する。互いの位置が接近し、双方からの受信電力が規定値を超えると、相互に位置情報を常時交換する。また相互の位置関係から、交通事故発生の可能性が高い場合に、事前に注意を喚起する。歩行者が専用の位置情報付きビーコン(車間通信に使われる通信メディア)を持ち、その情報を車と共有して「歩行者がいること」を知らせることで、事故を未然に防ごうという試みである。

IT新改革戦略の“数値目標”が後押し

 GPS情報を使って携帯電話が“持つ人の位置”を、周囲の車に知らせる。今回、沖電気が発表した携帯歩行者ビーコンの分野には、少なからぬ可能性がある。

 2006年、政府IT戦略本部は2006年以降のIT国家戦略「IT新改革戦略」を打ち出した。ここでIT戦略本部は、ITS分野(高速道路交通システム)の数値目標として「2012年末の交通事故死亡者数5000人以下という政府目標」を掲げた。

 昨年までの交通事故死亡者を見てみると、平成17年に交通事故死亡者は7000人を下回り、平成18年は6352人。年々、交通事故死亡者数は減ってきている。しかし、この数字には落とし穴がある。交通事故死亡者とは、事故発生から24時間以内の死亡者と定義されているが、車の衝突安全性能の向上や緊急医療技術の向上で、重大事故でも“事故直後に死なない”人が増えているのだ。事故発生数や重傷者数は年々増加している。

 さらに“24時間以内の死亡者しかカウントしない”という定義の問題をそのままにしておいても、「事故死亡者数の減少は下げ止まる」(自動車メーカー幹部)という見方が強い。理由は2つ。今後、急拡大する「高齢者ドライバー問題」と、「歩行者・二輪車事故の安全対策の難しさ」だ。

 この中で高齢者ドライバー問題は、今回のテーマから外れるので別の機会に譲る。今回のテーマとつながるのは、「歩行者・二輪車事故の安全対策」である。

 車の安全性能はこの20年で飛躍的に進歩した。事故時の被害を軽減させる衝突安全ボディの技術向上に始まり、エアバッグやプリクラッシュセーフティー(衝突時直前安全支援)装備の充実、法制度面でもシートベルト装着やチャイルドシート使用の義務付けなどが事故時の被害軽減に大きく貢献した。その一方で、道路上で“生身をさらす”歩行者・二輪車の置かれた状況は、車が誕生した100年以上前から何ら変わっていない。歩行者や二輪車は、鎧のような衝突安全ボディやエアバッグの恩恵には預かれないのだ。

ITS技術の歩行者への展開に注目

 歩行者・二輪車の事故死亡者をどのように減らすのか。そこで注目されているのが、ITS技術の歩行者・二輪車への展開、事故を未然に防ぐためITS技術だ。車のように“事故発生時のダメージの軽減”が難しい以上、“ぶつからないようにする”しかない。とはいえ、歩行者・二輪車向けのITSを実現しない限り、事故死亡者数5000人以下の数値目標達成は困難だ。

 今回、沖電気が発表した安全携帯端末のように、歩行者・二輪車が自らの位置を車に知らせる仕組みは、この歩行者・二輪車ITSの根幹となる技術だ。すでに沖電気以外にも、NTTドコモやKDDIがこの分野に注目しており、"GPS携帯電話の普及"が進んだ後にキャリアの安全支援サービスとして提供される可能性はゼロではない。今後の動向に注目しておいて損はないだろう。

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