原子力を巡る米国とインドの関係が、日本にとっても無関係でない理由藤田正美の時事日想

» 2007年05月21日 00時00分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 米国とインドが民生用原子力で協力――この話は着々と進むはずだった。2006年12月18日には米連邦議会で「米印平和的原子力エネルギー協力法」が成立した。ジョージ・W・ブッシュ米大統領がインドのマンモハン・シン首相とのトップ会談によって合意したこの原子力協力、米国側の体制は整いつつあるが、実現するかどうか雲行きは怪しくなっている。

 この背景には、インドが核実験をした場合、米国はこの協力を即時停止する――という点にインド側が反発したという事情がある。周知のようにインドは核保有国だが、NPT(核拡散防止条約)にも加盟しておらず、現行の原子炉についてはIAEA(国際原子力機関)の査察も受けていない。このような国に原子力で協力することは、核拡散を防ぐ立場から米国の国内法で禁じられていた。しかしブッシュ政権はこの法律を変えてでも、インドとの原子力協力を実現させようとしていた。

核の制限に、我慢できないインド

 戦略的な目的の1つは、南アジアで最大の民主主義国であるインドとの協力関係を強化することによって、中国をけん制しようというもの。もう1つは、イランとインドの関係にくさびを打ち込むことだ。もちろん民生用原子炉に限るとはいえ、インドをIAEAの監視下に置くことで核拡散を防ぐということもあるだろう。

 しかし、核兵器を自力で開発してきたインドにとって、「核の主権」を制限されるのは我慢がならない。CTBT(包括的核実験禁止条約)もインドは締結していないし、いかにエネルギーが欲しいと言っても、安全保障上必要な核実験を制限されるべきではないというのがインドの立場である。マンモハン・シン首相も野党のインド人民党(BJP)から、その点では強い圧力を受けている。

やきもきする米国

 米国は国内法を改正したが、これが動き出すためには“インドがIAEAによる国内査察を受け入れる”などの条件が付いていた。ところがインド側は、この条件を満たすための作業を非常にゆっくりと進めていた。このままでは、米国が大統領選挙の前哨戦に入るまでに、米印原子力協力条約を締結するのは難しくなるとして、米国側がやきもきしている。

 もっともインドのシン首相にとっては、ここで米国に譲歩すれば、国内の政治基盤が大きく傷つくことは明白である。核実験をする権利や、使用済み核燃料を自国で再処理することなどを主張しなければ、国内で圧力をかけられるのである。使用済み核燃料の再処理は、プルトニウムを生産することになるため、極めて微妙な問題だ。米国としてはインド国内で再処理せず、米国に輸送して再処理することにしたいが、当然、インド側は自国内での再処理を主張している。

 この米印原子力協力にはもう1つ関門がある。NSG(原子力供給グループ)である。ここに加盟している諸国は、NPTやIAEAによる不拡散という枠に入っていない国への原子力技術協力を禁じている。このためインドへの協力は、NSG諸国の承認を得なければならない。4月に南アフリカでNSGの会議が開かれたが、そこでは米印原子力協力の承認は見送られた。

厳しい選択を迫られるかもしれない米国

 日本もNSGの一員であり、米国から協力を要請されているが、現在の段階では、公式にはまだ態度を決定していない(非公式には安倍晋三首相が訪米した時に、協力を約束したと言われている)。しかし、核廃絶を願う日本にとって、核を保有し、核実験禁止条約も結んでいない国に対して、原子力協力をするのは筋が通らない話で、もちろん日本国内的にも批判の声が高まるだろう。もし米印原子力協力交渉が頓挫すれば、いちばん胸をなで下ろすのは日本の外務省かもしれない。米印原子力協力の承認という、核廃絶と逆行するような決定を下さずに済むからである。

 もっとも米印の原子力協力が頓挫すると、インドがエネルギー不足になる恐れもある。足りない分を石油エネルギーで補うようなことになれば、地球温暖化阻止の試みをまた見直さざるを得なくなるだろう。なんといっても、人口が10億を超える世界最大の民主主義国家は、経済発展という線路の上をばく進している。そしてこの機関車がもし止まれば、その影響はインドだけにとどまらない。

 核不拡散というやや壊れかけた条約でインドを縛ろうとするか。それともインド経済の発展と西欧やアジアでの地位を考えて、原子力協力を認めるか。原子力先進国が厳しい選択を迫られる可能性はまだ残っている。

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