ネットカルチャーで勝負したい企業に必要なセンスとはロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年05月02日 18時27分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 ビジネススクールには、世界各国からビジネスを学びたい人が集まって来ます。グローバルマネージャーになるために大事なことは何か。海外進出した際に、ローカルカルチャーへ配慮することの大切さなども、もちろん議論されます。

 海外進出するぐらいですから、企業にとっては成功体験がある場合も多いでしょう。しかし、1つの成功パターンを世界中に当てはめようとすると、失敗します。この話は「国の違い」だけではなく、「文化の違い」にも当てはまりそうなので、今日はその辺を紹介してみます。

ハイコンテキストな日本文化

 ローカルカルチャーまたは文化とは、何でしょうか。色々な定義はあるでしょうが、本稿では「人々の物事の見方やとらえ方」とします。米国と日本のカルチャーは違いますから、米国のやり方を日本に持ち込むと、機能しないことがあります。

 成果主義という言葉があります。ヒエラルキーを重視している文化の場合、年配者を差し置いて若者が出世すれば波風が立つでしょう。また仕事を重視する文化もあれば、家庭や仲間を大切にする文化もあります。また、人との接し方や距離の取り方など、文化的な差異もあります。海外進出をするときに、これらがビジネスに与える影響は、少なくありません。

 「ハイコンテキスト」か「ローコンテキスト」か、という議論もあります。例えば日本は、ハイコンテキスト文化だと言われます。言語への依存度が低い、「言葉は少なくとも思いが伝わる」文化です。コンテクスト(=背景の文脈)から意思を読み取り、相手がこちらの気持ちも察してくれます。一方欧米などは、ローテキスト文化です。自分の気持ちや考え方をダイレクトに伝えることで、コミュニケーションをします。

下敷きがないと意味が分からない「おっくせんまん」

 ハイコンテキストか、ローコンテキストか……ある意味、究極の究極のハイコンテキスト文化だといえるのが、今の日本のネットカルチャーです。

 例えば匿名掲示板サイト「2ちゃんねる」の書き込みで、あるニュースを紹介した人間に対して「しょうゆは?」と聞いている人がいました。これは何のことでしょうか?

 2ちゃんねる独特のカルチャーとして、誰かがニュースを紹介した際、正確性を確認するため「ニュースソースはどこか」と尋ねるのが一般化しています。それを略して「ソースは?」と聞くのも、よく見られます。書き込み主は少しひねって、ソースではなく「しょうゆは?」と聞いたわけです。真意は「ニュースソースを示してないのでは?」という質問です。

 また、抱き合ったまま埋葬された人骨が出土した、という報道に対し、あるIT系ニュースサイトはこんな文章を付けました。「5000年か6000年前から愛してる」。

 このセリフを聞いてピンとこない人は、いくら考えたところで意味が分かりません。しかし「創聖のアクエリオン」というアニメーションのオープニングミュージックを知っている人なら、「ああ、あのセリフをひねったのか」とすぐに気づくでしょう。この歌にはサビの部分の歌詞として「1万年と2千年前から愛してる」というフレーズが出て来ます。ニュースサイトの編集者は、これを“下敷き”にしてタイトルを付けたのです。

 今年の2月頃からでしょうか。ネット上で「おっくせんまん」というフレーズが散見されています。これは状況が複雑です。

 まず、カプコンの制作した「ロックマン2」という名作ゲームがあります。このBGMで「デレレーデレレッテ」というところに「子供の頃、やったことあるよ」と歌詞を割り当て、以下空耳歌詞とでも呼ぶべきでしょうか、BGMの歌詞を全部想像して作ったネットユーザーがいます。サビの部分は「君がくれた勇気は 億千万 億千万」(おっくせんまん、おっくせんまん)となっています。これが「面白い」ということで、ネットユーザーたちが盛り上がりました。歌詞に沿って歌った様子を、YouTubeにアップロードする人も出て来ました。試しに、Googleで「おっくせんまん」と検索してみてください。

 YouTubeで公開されている動画は複数あって、男性ボーカルがロック調でシャウトするバージョンや、女性の声も見つけられます。歌のうまい歌手の動画ファイルが、ネット上に広く流通しています。

 この音声ファイルを、全く別のアニメーションと合わせて表示する動画も出て来ました。有名アニメの主人公がバンドを組んで演奏しているシーンに、例の「おっくせんまん」を組み合わせた動画も流通しています。もちろん、著作権の問題をクリアして公衆送信状態に置いているのか、分かりません。ただ、こういう現象があります。

 これなどは、究極のハイコンテキスト・コンテンツと言うべきでしょう。アニメ+歌合成を見た人間は、「面白いコンテンツだ」と判断します。動画に説明がないことも多いので、「何これ?よく分からない」で終わる視聴者もいるでしょう。これは異文化に接して「言葉は分かるはずなのに、話していることの意味が分からない」といった感じかもしれません。

“分かっている事業者”だと思ってもらうことの重要性

 先日、ITmediaのインタビュー取材に応じた西村ひろゆき氏が、ニコニコ動画の現状についてコメントしています。「γ版になってからは、ネタがマニアックになりました。アニメネタ率が異様に高くて。ぼく、アニメネタが分からないんですよ。ローゼンメイデンとかやっぱ、見なきゃいけないのかなぁ……」(4月20日の記事参照)

 コンテキストを理解しないと、動画の面白さを共有できない、ということを意味します。趣味を共有する仲間が集まれるのがネットですから、仲間内で共有する“文脈”は広がります。これを事業者側が読み取ることで、カスタマーのロイヤリティにもなるでしょう。つまり「この事業者は『分かっている』な」というイメージを持ってもらえます。

 一般にネットビジネスというと、真っ先に話題になるのは「サプライチェーンを考えた時、中間マージンを抜くことができる」。次に「双方向コミュニケーション」「素人参加型・CGM:Consumer Generated Media」といったキーフレーズです。

 しかしネットの世界で勝負していくには、これらに加えて「ハイコンテキスト文化を理解する」ことが重要ではないでしょうか。「ネットがよく分からない、つかめない」と感じている企業は、この点を意識すると面白いと思います。

カルロス・ゴーンは最高のCEO?

 MBAでは、ケーススタディをします。世界中の企業を扱いますが、なかには日本企業のケースもあります。これまでにも任天堂、松下電器などが授業に登場しました。先日の試験では、「カルロス・ゴーン体制化で日産がターンアラウンドを果たしたようす」について出題されました。

 この日産のケースで台湾人の女子生徒は「あのケースは退屈だわ」と言います。「なんてことを言うのだ。あれほどドラマチックなケースはない」と力説していると、横から米国人が「Sinzakiはカルロス・ゴーンが好きなんだろう?」と聞いて来ました。

 この米国人は授業中に「カルロス・ゴーンは『結果が出なければ辞任する』と明言して成功した、日本で最高のCEOの一人である」と紹介されたことを覚えていたのです。「そうだ、カルロス・ゴーンは素晴らしい。彼はブラジル、フランス、アメリカ、日本の文化的差異を理解した天才的グローバルマネージャーで、しかも噂によれば仕事を家庭に持ち込まない主義なのだ。そこもカッコイイ」と答えました。

 これを聞いた台湾人の学生が「仕事をプライベートに持ち込まないって、誰が確認したの?」とツッコミを入れて来ます。さらに「単に家に帰らないだけじゃないの?」とも。「ああ、もうやってられん」と何も言えない私。

 日本に居た時は、「日本が好きだ」という感情はありませんでした。しかし米国で暮らしていると、日本人や日本企業が「好きだ」と感じ、応援することがあります。日本の話題となると、つい、熱くなる自分がいるのです。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.