「ライバルはソニーエリクソン」――携帯グローバル市場に変化の兆し 神尾寿の時事日想:

» 2007年04月23日 02時35分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 昨年、取材でロンドンを訪れた時に、Nokia UK & Irelandのオフィスを訪問した。英国を中心に、欧州の携帯電話市場やノキアの現状について話を伺ったのだが、帰り際に「今のNokia UKにとって、注目している、もしくはライバルだと感じている携帯電話メーカーはどこか?」と尋ねた。

 「Sony Ericsson!」

 即座に答えが返ってきた。世界最大のシェアを持つNokia。それを追いかけるのは、モトローラ、サムスン、LGであり、ソニー・エリクソンは5位以下の“弱小勢力”だ。そのNokiaが、Sony Ericssonの名前を即座に出したのは印象的であったし、極東から取材に来た筆者へのリップサービスかとその時は思った。

ウォークマンとサイバーショット。ブランド戦略を進めるSony Ericsson

 4月20日、Sony Ericssonが第一四半期決算を発表した(4月21日の記事参照)。それによると売上高は29億2500万ユーロで前年同期比47%増、純利益は2億5400万ユーロで、前年同期の1億900万ユーロの2倍以上となったという。出荷台数は2180万台で、前年同期比で63%増えている。

 ウォークマンやサイバーショットなど、ソニーのAVブランドを冠した端末を投入し、それがヒットして販売数を牽引した。同社予測では、市場シェアも前年同期から2ポイント伸ばし、8%強のシェアを確保したとみている。

 またSony Ericssonの躍進でもう1つ注目なのは、平均販売単価(ASP)と粗利益率だ。今回の発表によると、ASPは前年同期の149ユーロから134ユーロに下落。しかしその一方で、粗利益率は前年同期の26.3%から30.3%に改善している。Sony Ericssonはこれを「コスト管理の徹底や生産性向上の効果によるもの」と評価したが、それよりも大きな要因になっているのは、現在の同社の好調が「ミドルレンジ以下の価格帯モデルにおいて、ブランド力で売れる」構造になっていることだろう。

 携帯電話にとっての「音楽」や「カメラ」は、技術的にはすべてのメーカーが実装可能だ。もはや、そこに“プレミアム”な価値はない。そのため中・低価格帯モデルでは、音楽やカメラ機能が付いていようが関係なく、コスト削減をした分のほとんどは販売価格の値下げにまわされてしまう。しかし、Sony Ericssonはウォークマンやサイバーショットのブランドを使うことで、携帯電話の音楽機能やカメラ機能にプレミアム感を付けることに成功している。むろん、そこにはユーザーの信頼を損なわないだけの性能の裏付けもあるが、携帯電話の音楽やカメラ機能の優劣は、今や搭載デバイスよりもソフトウェアで決まることが多い。無形のソフトウェアに訴求力を持たせられるブランドを持つことは有利だ。特に中・低価格帯モデルでは値下げ競争の抑制装置として働き、利益率を下支えする効果が大きい。

 これは米AppleにとってのiPodにも似た構造だ。周知のとおり、Appleの好業績を支えているのは、今やMacなどコンピューター機器ではなく、利益率がずば抜けて高いiPodだ。iPodはデジタル音楽プレーヤーという、デバイス的に見れば「汎用品の寄せ集め」に対して、デザインやソフトウェアといった無形の部分で付加価値を作り出した。それを“iPodブランド”にくるんで売り出すことに成功し、利益率の高い製品になったのだ。

 中・低価格帯の携帯電話もまた、いわば「汎用デバイスの寄せ集め」である。グローバル市場では特にその傾向が強い。その中で、音楽やカメラなど、“ごく当たり前”の機能やニーズに対してブランド力が働くというのは、コスト構造的に極めて有利なことである。Sony Ericssonと同じ優位性は、今年6月に携帯電話市場に参入するAppleに対しても言えるだろう。

主要各国の市場は「循環型」へ。ブランド力が重要になる

 米IDCが4月20日に発表したリポートによると、第一四半期の世界の携帯端末出荷台数は前年同期比10%増の2億5640万台。毎四半期で前年同期比20%以上の伸びを記録した2006年に比べて低い伸びになっている(4月21日の記事参照)。過去最高を記録した2006年第4四半期との比較では13.8%減だ。IDCではこの減速について、純粋な新規購入者層のパイが小さくなり、欧米をはじめとする主要各国では循環型市場が定着してきていると分析している。

 買い換えが中心となった循環型の市場では、需要の成熟と機能のフラット化が急速に進む。価格競争が激しくなり、コスト構造の強化も求められることから、汎用デバイスの採用率を高くして、デザインやソフトウェアで他社と差別化しなければならない。その時、汎用デバイス上に作られた"無形のもの"に、消費者にわかりやすく意味を持たせられるのがブランドだ。携帯電話メーカーのブランドは今は総合的なものだが、今後はより特化して消費者にわかりやすいシンボリックなものが必要になるだろう。

 Nokia UKの担当者が指摘したのも、まさにそこだ。

 「(Sony Ericssonの)ウォークマンやサイバーショットのブランドは、消費者に広く浸透している。音楽やカメラの機能では、Nokiaは負けていないんだけどね」

 グローバルでの携帯電話市場は急速に成熟してきている。特にコンシューマー市場でその傾向は顕著だ。今後の趨勢を見る上で、Sony EricssonやAppleなど、携帯電話“以外”にブランド力を持つメーカーの動向には、特に注目しておいた方がよいだろう。

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