2007年は勝負の年――ウィルコムの課題と可能性 神尾寿の時事日想:

» 2007年04月16日 08時46分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 4月12日、東京国際フォーラムで「WILLCOM FORUM & EXPO 2007」(以降、WILLCOM FORUM)が開催された(4月12日の記事参照)。これはPHSキャリアであるウィルコムのプライベートイベントであり、同社の最新サービスや製品、ソリューションを紹介するものだ。

 筆者は開催前のプレスブリーフィングから参加。その後に展示会場に向かったのだが、会場前には一般参加者が長い列を作っており、その多くがスーツ姿のビジネスパーソンだったのが印象的だった。今後の法人導入を踏まえて熱心に説明員に質問をする来場者の姿もあちこちに見受けられた。ウィルコムはDDIポケットから社名変更をして以降、データ通信定額と音声定額を軸にビジネス市場の開拓に力を注いできたが、それが着実に実を結んできているようだ。

 基調講演や展示会場でのプレゼンテーションも、この「ビジネス市場での手応え」を色濃く反映したものだった。特に展示会場ではW-ZERO3シリーズを活用した法人向けモバイルソリューションサービスが多数出展されており、先日発表されたばかりの「WILLCOM Sync Mobile」など最新サービスのデモンストレーションも積極的に実施されていた(4月5日の記事参照)。また、ウィルコム代表取締役社長の喜久川政樹氏の基調講演では、Windows Mobile6搭載のシャープ製スマートフォンの投入が明かされた。Windows Mobileを使ったビジネスソリューションサービスでは、先行するウィルコムの優位性は未だ健在である。

“ウィルコムの先行”を急追する携帯電話キャリア

 ウィルコムは早くからビジネス市場に着目し、法人顧客層やビジネスコンシューマー層の開拓に力を注いできた。特に契約数が100未満になる中小企業の法人契約の獲得、Windows Mobileを活用したモバイルソリューション分野では、ドコモやauなど大手携帯電話キャリアを完全に出し抜いている。

 しかし、携帯電話の個人契約市場の飽和を受けて、昨年後半から携帯電話各社も“携帯電話のビジネス市場”を重視。携帯電話キャリアが以前から強かったビジネスコンシューマー市場の囲い込みを強化するとともに、市場規模が拡大する法人顧客層の獲得にも注力し始めた。今年後半にかけて、“ウィルコムの優位性”は携帯電話キャリアの猛追という逆風にさらされそうである。

 その兆候は既に見え始めている。ソフトバンクモバイルの攻勢だ。同社はホワイトプランに代表とされる割安な基本料と音声定額を武器に、ウィルコムの独壇場だった「法人の音声定額需要」にフォーカス。“ローラー作戦”ともいえる強力な営業活動により、この分野の新規契約を獲得し始めている。

 さらにソフトバンクモバイルは、ウィルコムの既存法人顧客までターゲットにしているようだ。ある大手携帯電話会社の法人営業担当幹部によると、「ウィルコムと契約している中小企業にピンポイントで営業をかけて、(ウィルコムよりも)安い基本料で同じ音声定額という条件で契約をかっさらうケースが増えている」という。

 一方、ビジネスソリューションの分野では、Windows Mobile搭載機の投入が他社より早かったことで、ウィルコムの先行優位性は続いている。しかし、今年はドコモやソフトバンクモバイルもスマートフォン分野に注力する模様であり、パケット料金定額サービスも用意された(参照記事12)。特にドコモ向けのWindows Mobile搭載機のラインアップが充実すれば、ウィルコムのリードは大きく縮まりそうだ。

 また、これまでウィルコムの独壇場だったPC向けのデータ通信定額でも、都市部でイー・モバイルがコストパフォーマンスの点で強力なライバルになるほか(3月26日の記事参照)、ドコモもFOMAのPC接続定額に乗り出す。音声定額市場ほどではないが、この分野でも競争環境が厳しくなるのは間違いない。ウィルコムはW-OAMエリアの急速な拡大と、データ通信定額の料金値下げといった対抗策の実施を迫られそうだ。

可能性を感じる「W-SIM」と「低消費電力」

 携帯電話キャリアのビジネス市場シフトを受けて、ウィルコムの独自性や優位性が揺らぐのは、競争原理からしても仕方のないところだ。携帯電話キャリアがビジネス市場に本格参入することで、市場規模そのものは拡大するので、今後のウィルコムはその中で「携帯電話キャリアに負けない競争力」を身に付けるしかない。特に携帯電話各社に比べて規模が劣る、法人営業体制の強化は急務だ。

 一方で、今回のWILLCOM FORUMを見て、ウィルコムの大きな可能性だと感じたのが、「W-SIM」とPHSならでの「低消費電力」の部分だ。

 W-SIMのコンセプトは2005年7月に発表されて以降、ウィルコムのコア事業に着実に育ってきている(2005年7月の記事参照)。パートナー企業によるW-SIM対応周辺機器「ジャケット」のバリエーションは着実に増えており、展示会場でも多くのコンセプトモデルが展示されていた(4月12日の記事参照)。法人向けのW-SIM対応端末も登場し始めており、ハンディターミナルなど業務用専用端末、エレベーターや自販機など組み込み分野への“W-SIMファミリー”の展開に期待が持てる。

 また、「低消費電力」も今後のウィルコムの武器だ。PHSは構造上、携帯電話よりも消費電力が低く、バッテリーや充電装置を小型化できる。例えば会場で展示されていたコンセプト機器「SOSポール」は、太陽電池で充電することで緊急通報装置のメンテナンスフリー運用を実現している。太陽電池を使ったメンテナンスフリーの遠隔監視システムはドコモにもあるが、ウィルコムは消費電力が低いので充電ユニットを小型化できる。また、会場内には振動センサーとW-SIMを組み合わせたセキュリティシステムのコンセプトもあり、こちらは電池駆動だったが、「監視状態の消費電力は極めて小さい。1日1回の常態確認通信を行っても、内蔵バッテリーで1年間の運用が可能」(説明員)だという。

 社会全体で「安全・安心」が求められる中で、モバイル通信を使った遠隔監視系ソリューションの市場は拡大している。さらに今後は、高齢化問題に伴って高齢者の常時監視・モバイル型ヘルスモニタリングシステムの市場が拡大するだろう。これらの市場では、通信機器はメンテナンスフリーでの長期運用が求められるので、構造的に低消費電力のPHSは有利だ。今後のW-SIMで、さらに低消費電力・高信頼性の製品が投入されれば、この市場がウィルコムの新たな得意分野になる可能性がある。

 ウィルコムにとって、携帯電話各社との競争は不可避だ。“ウィルコムだけ”の独自性でマイペースに成長し続けるのは、今後の競争環境では難しいだろう。しかしウィルコムには、これまで築いたマイクロセルネットワークと運用ノウハウがあり(2005年3月の記事参照)、W-SIMやスマートフォン、ビジネス市場への先行投資も間違っていない。これらを効果的に活用し、ビジネススピードを上げられれば、さらなる成長が期待できるだろう。2007年はウィルコムにとって“勝負の年”になりそうだ。

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