BCGマトリクスで考える「KDDIの米国進出」ロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年04月16日 00時00分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 今回は、先週発表された「KDDIが米Sprint NextelのMVNOとして、携帯電話サービスで米国進出する」という話題について取りあげてみたいと思います(4月9日の記事参照)。なかなか面白いニュースで、米国在住の身としては「そうきたかKDDI! ロサンゼルスでサービスを開始したら、絶対加入しよう」と思いました。

 同社の米QUALCOMMチップを活かしたCDMA規格、および洗練された端末群(報道では三洋電機製ケータイを持ち込むそうですが……)がどこまで米国市場に通用するか、極めて興味深いところです。今回はこれに関連付けて、KDDIの戦略をどうMBA的に解釈したらよいのかを考えてみたいと思います。

ロサンゼルスの青空の下で、KDDIのケータイを使える日が来る?

混雑を避ける2つのストラテジー

 前回の原稿で触れたように、いま国内の携帯市場は競争が激しくなっています(4月9日の記事参照)。そもそも加入者数の伸びが頭打ちになってきていますし、新規事業者との価格競争も避けられないことでしょう。既存事業者としては、なんとか打開策を見出さないといけません。

 どんな方策が考えられるでしょうか? 1つは全く新しい市場に飛び込む、ということです。まっさらな青い海にこぎだす、という意味から「Blue Ocean(ブルーオーシャン)戦略」と言ったりします。ライバルがいない新市場は未知数ですが、そこに従来の経営リソースをひっさげて乗り込むということです。

 もう1つの策は、海外進出です。国内市場が厳しいなら、同じ業態で国だけ変えればいいじゃないか、というアイデアです。もちろん国が異なることにより文化的な差異があったり、アドミニストレーション(管理)コストが高くつきます。さらに国によっては政治的なリスク、為替リスクが存在するなど、課題はいろいろあります。とはいえ国によっては市場が急速に拡大中だったり、そもそも市場規模が巨大だったりといった魅力がある場合も多く、経営者にとって有力な選択肢の1つといえるでしょう。今回、KDDIは巨大な市場規模に魅力を感じたということだと思います。

 新規事業を起こす上で考えるべきは、KDDIとして事業ポートフォリオをしっかり構築することです。事業ポートフォリオとは何だ、ということになりますが、これについては「BCGマトリクス」というモデルで理論がすっきりまとまっています。例によって、KDDIの状況に当てはめながら簡単にご紹介したいと思います。

「金のなる木」と「問題児」の共存を

 BCGマトリクスとは、その名のとおりBCG=ボストンコンサルティンググループが提唱したモデルです。BCGといえば世界的に有名な戦略コンサルティングファームで、そこが開発した事業分析の手法です。

 まずは下のマトリクスをご覧ください。市場の成長性と、相対市場シェアを軸にとって2×2のマトリクスを描いています。このマトリクスのどこに会社の事業が位置するのか、落とし込むという考え方です。

BCGマトリクスの例

 4つのマトリクスを、順に説明しましょう。まず成長性が高く、シェアも大きい事業、これは文句なしに優れた事業で「スター」(花形)と呼ばれます。成長性は低いもののシェアが大きく、安定的なキャッシュを会社にもたらしてくれる事業を「キャッシュカウ」(金のなる木)といいます。成長性は高いが、シェアが低い事業は「クエスチョンマーク」(問題児)です。最後に、成長性が低く、シェアが低い事業、これは最悪で「ドッグ」(負け犬)と呼ばれます。

 会社としては、スターである事業がほしいわけです。しかし、なかなかそうもいきませんから、収益源であるキャッシュカウからミルクを搾り取り(お金を得て)、それをクエスチョンマークである事業の成長に割り振ります。クエスチョンマークをいつかスターに育て上げたい、それが経営者の願いです。逆にドッグのポジションになってしまった事業は、ちょっと見込みがありませんから、撤退しようかという話になります。

KDDIの場合はどれがキャッシュカウ?

 KDDIの場合、携帯事業の成長が鈍化傾向にありますから、キャッシュカウになるのでしょう。このお金を、成長性が高い事業に割り振る必要があります。今回、米国へ進出したということは、その市場に可能性を見出したということでしょうから、これがクエスチョンマークに相当するのでしょう。新規参入時はシェアゼロですが、いつかシェアを拡大して“スター”にするという算段です。

 ところでドッグの事業はあるでしょうか? 実はKDDIは一時期、固定網が要らないのではないか、と指摘されていました。「収益の稼ぎ頭は携帯で、固定網はそれほど貢献していない。携帯だけ分離して別会社にしてしまえ」というアナリストからの指摘もあったと聞いています。しかしKDDIの小野寺正社長は「いつかそのうち、固定と携帯を融合させる時代が来る。固定事業は捨てない」と頑なに主張していました。今になって、その判断は正しかったことが証明されていると思います。……というわけで、固定網はドッグに見えるが、ドッグではなかった。携帯と固定が結びついた事業が、もうひとつ別のクエスチョンマークだ、という感じでしょうか。

 大事なのは“キャッシュカウのミルクはいつか尽きる”ということです。早く絞って投資を回収するのか、じわじわと回収するのか。こうした戦略はいろいろあるようですが、ともかく手をこまぬいていると行き詰まる日が来ます。そういう意味でも、勢いのある新規事業に投資するという姿勢は、評価されていいと思います。もちろん、英Vodafoneの日本進出が思ったほどの成果をもたらさなかったように、海外進出は難しい要素をはらんでいます。

 ちなみにBCGマトリクスというアイデアは、「物事を単純化しすぎだ」という批判も一部であります。とはいえビジネスパーソンとしては、知っておきたいモデルの1つであることに間違いはありません。連載第1回でも触れたように、限界を知りつつ、どう使いこなすかが大事だということでしょう。ともあれ、KDDIの大きな「?」が巨大な「☆」に変わる日を、心待ちにしています。

MBA、学校ごとの特色

 そろそろ、来学期のMBA合格者が発表される時期になってきました。筆者のもとにも、南カリフォルニア大(USC)のビジネススクール、Marshall校に合格した日本人のリストが回ってきたりしています。

 ここでちょっと各校の紹介を。MBAのビジネススクールといっても、いろいろあります。日本で有名なところといえば、やはり「Harvard」「Stanford」といった大学でしょう。実際、これらのスクールは米国でも強力なブランドで、「ハーバードのMBA卒です」と面接に出向いたら“文句なし”の高い評価を受けます。

 ただ覚えておいてほしいのが、学校ごとに特色があり、一概には比較できないということです。例えば金融工学でいうとChicago大学の評価が高く、テクノロジーと経営の融合ということでいえば、MIT(マサチューセッツ工科大学)やCarnegie Mellonなどが有名です。起業(アントレプレナーシップ)でいうと、ボストンにあるBabsonというビジネススクールが全米トップとの評価を受けています。それぞれ、得意分野があるということです。

 筆者の通う南カリフォルニア大(USC)の場合は、メディア・エンターテインメントビジネスが得意分野です。ジョージ・ルーカスを始め多くの映画人を輩出したUSCフィルム・スクールを抱えているため、ここの授業をMBAの履修過程の一環として受講できます。筆者は次のセメスターで「The Business of Television: Traditional Media Meets Digital Technology from "Friends" to "You Tube"」という講義を取ろうかと考え中です。

 ものすごくおおざっぱに言うと、東海岸にはニューヨーク・摩天楼で働くことを目指すいわゆる「ビジネスエリート志向」の人間が集まり、シリコンバレーがある西海岸には「自由な気風の起業家志向」の人材が集まる……といわれています。もちろん東海岸で起業する学生も多いですし、西海岸からウォールストリートの企業に就職する学生も多数いるので、一概には言えませんが。

 ともあれ、MBA進学に興味を持っているかたは、こうした点も頭に入れておくといいと思います。


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