動き出した「プーチン独裁」 藤田正美の時事日想

» 2007年04月11日 01時35分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。 東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」


 ロシア上院のミロノフ議長は、議長に再選された後の演説で、大統領の任期延長と3選まで可能とする憲法改正を呼びかけた。ロシア憲法に規定された大統領の任期は4年でかつ3選が禁止されている。プーチン大統領は再三任期延長を否定していた。「私は一兵卒に戻る」とも語っていたが、昨年後半あたりからややトーンが変わったともいう。たとえば「多くの国民が望むなら、何らかの形で国家に役立つこともあるかもしれない」という言い方は、望まれれば大統領職あるいは他の重要な役職にとどまることを示唆したのではないかと推測されている。

 1999年12月31日に就任したプーチン大統領は、今年が2期目の最後の年だ。アメリカ流に言えば「レイムダック」状態になってもおかしくないが、支持率は70%前後と相変わらず高いとされている。3月11日に行われた14の地方自治体の選挙では、プーチンの与党である「統一ロシア」が圧倒的に勝利した。左派系与党の「正義のロシア」も躍進しているが、この政党はもともとプーチン政権が独占の批判をかわすために二大政党制をめざして昨年創設されたものだ。上院議長のミロノフはその指導者である。その意味では政権交代をめざす本来の二大政党制とはまったく似て非なるものだ。

 この選挙結果は、今年末に行われる下院選挙、そして来年初の大統領選挙に向けてプーチン大統領が弾みをつけたというべきかもしれないが、実際にはプーチン流の強権政治がますます強まる素地ができたということを示している。そこに降ってわいたのが冒頭のミロノフ発言というわけだ。

 プーチン自身が憲法改正を言い出すことはないだろうというのがロシアの知識人の共通認識であったという。それは西側諸国から強い反発を受け、プーチンにとってもロシアにとってもリスクがあるからだ。もちろんプーチン自身が憲法改正による3選を言い出せば、西側が批判を強めることは明らかである。だからこそミロノフ議長が提案した。

 この憲法改正は、大きく言えば「強いロシア」への総仕上げである。1998年に通貨ルーブルが暴落し、対外債務の支払不履行に陥ったロシアは、プーチン大統領のリーダーシップによって経済を大きく好転させた。そして天然資源の相場が上昇したことによって、ロシアの国際収支は大幅に好転し、公的な対外債務は激減している(参照リンク)

 こうした状況を背景にロシアは、資源輸出を軸に「強いロシア」をさらに強化しようとしてきた。まず、天然ガスと石油で、国営の独占企業を作りあげたこと。ガスプロム(天然ガス)、ロスノフチ(石油)の2社が今後のロシアのエネルギー戦略を独占的に扱う。もちろんこの2社は、プーチン大統領の側近が支配下にある。なおかつガスプロムはメディアも積極的に買収し、プーチン大統領の「世論工作」も担っている。

 ロシアが資源で積極的な攻勢に出ることを、西側諸国は警戒している。2006年1月、ロシアはウクライナへの天然ガス供給を遮断した。ウクライナとの価格交渉(それまでの身内価格を国際相場に引き上げるというものだが、5倍という強烈な値上げだった)が不調に終わっていたからである。しかしウクライナへのパイプラインは、その先のヨーロッパにも供給していたため、ヨーロッパ諸国は天然ガスの供給不安という事実をいきなり突きつけられた形となったのである。

 ロシアの攻勢はさらに続く。昨年末にはベラルーシとの価格交渉で価格引き上げと同国を通るパイプラインの権利を引き替えにした。また天然ガス版OPEC(石油輸出国機構)の創設をイランに対して持ちかけてもいる。これは天然ガスで価格カルテルをつくろうということに他ならない(ロシアは天然ガスで埋蔵量が世界一位、次はイランだ)。

 「強いロシア」の復活は、裏を返せばアメリカ一極支配の終わりを意味する。1991年にソ連が崩壊して、アメリカの一極支配が続いてきたが、イラクでのつまずきとロシアの台頭で情勢が大きく変わっている。これまでは西欧諸国や日本にロシアが期待するものと言えば「資本」だった。逆に言えば、日本は豊富な資金を背景に交渉を進めることができたが、ロシアの財政事情が大幅に好転しているため、日本の資本という「テコ」の効果は薄れるかもしれない。日本も絡んだ石油・ガス開発プロジェクトであるサハリン1、サハリン2で、環境問題で横やりをいれ、無理矢理ガスプロムに株を譲渡させたような「強引な商法」が今後も続くと見るべきなのかもしれない。ロシアとのビジネスは政治と密接に連携してくるだけに、日本の企業もしっかりリスク管理をしておく必要があるだろう。

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