八剱社長に聞く、ウィルコムの現在と未来(前編)神尾寿の時事日想(特別編)

» 2005年11月21日 16時33分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 師走も近づき、そろそろ1年を振り返る時期がやってきた。携帯電話業界の2005年は、例年にも増して動きの慌ただしい年だったが、その中でも印象深かったのがウィルコムの躍進だろう。他のPHSキャリアが不本意なサービス撤退を余儀なくされる中、ウィルコムは音声定額やW-SIMなどを矢継ぎ早に投入。今年後半には、純増数においても一部の携帯電話キャリアを追い抜く好調ぶりを見せている(11月15日の記事参照)

 今日の時事日想は特別編として、ウィルコムにとっての2005年の総括と2006年に向けた展望について、ウィルコム代表取締役社長の八剱洋一郎氏に話を聞いた。

ウィルコム社長の八剱洋一郎氏

2005年は「音声」でビジネスが活性化

 ウィルコムにとって2005年は、始まりの年であった。

 2004年10月、KDDIグループのもとを離れて、カーライルグループを筆頭株主とする新体制に移行した旧DDIポケットは(2004年10月1日の記事参照)、2005年2月に「ウィルコム」に社名変更(2004年10月14日の記事参照)。名実ともに新しい姿になった。そして会社の新生に伴い、旧来のビジネスもまた見直された。

 「DDIポケット時代を振り返ると、『個人・音声』『個人・データ』『法人・音声』『法人・データ』の4セグメントのうち、個人・音声の契約が減り続けて、他の3セグメントの増加がそれを補って、若干プラス程度といった構造でした。(ウィルコムになって)最初にやらなければならないと考えたのが、個人の音声契約を減らさないようにしなければならない、という事でした」(八剱氏)

 幸い、ウィルコムにはマイクロセル方式で構築されたPHSインフラという武器があった。携帯電話よりも出力の小さい基地局を大量投入するPHSインフラは、エリア拡大に時間とコストがかかるが、一度インフラが完成してしまえばマイクロセル方式の強みである「電波資源が豊富に使える」(八剱氏)という強みが現れる。それを効果的に使ったサービスが、今年のトレンドにもなった「音声定額」である(3月15日の記事参照)

 「音声定額は当初のターゲットである個人契約の方をはじめ、多くのお客様に好評をいただきました。今は音声が(成長の)牽引役になっていまして、データ通信の伸びを上回っています。2005年は音声でビジネスが活性化した年になりました」(八剱氏)

 一方、これまでPHSビジネスの“定番”だったデータ通信ビジネスについては、ここは堅調に伸びるが爆発的に成長する分野ではないと、冷静な見方をする。

 「データ通信(専用契約の)分野は当社でも約130万契約ほど持っていますが、ここは堅調に成長はするものの、劇的に成長する分野ではないという印象を持っています。音声は国内で約9000万契約の市場ですが、データ通信市場の母数は我々の保有契約者数ベースから推測しても220〜300万程度しかないんですよね。この中で、(データ通信契約の)130万加入がいきなり200万とか300万加入になることはありえない」(八剱氏)

 筆者はKDDIグループ傘下にあった頃のDDIポケットにも何度も取材しているが、その時の同社は「グループ内でデータ通信市場を担当する」という位置づけが暗黙の了解となっており、音声市場の拡大に積極姿勢は打ち出せずにいた。KDDIグループの中での“役割分担”がどれだけの拘束力を持っていたかは定かではないが、その傘下を離れてウィルコムになったからこそ、“成長するには音声市場の獲得が必要”という明確な姿勢を打ち出せたのは間違いないだろう。

「音声定額」のインパクト

 今年前半、ウィルコムが「音声定額」を発表するまで(3月15日の記事参照)、携帯電話・PHS市場における音声サービスは注目される分野ではなかった。業界全体の累計契約者数が飽和の兆候を示す一方で、各キャリアの通話料値下げ競争は鈍化。ユーザーは大きく変わらない音声サービスの状況に慣らされていた。そこに投じられたウィルコムの「音声定額」の波紋は大きかった。

 「(音声定額の)最初のインパクトがあったのは個人ユーザーでした。発表当初から法人のお客様からの問い合わせもポツポツとありましたが、足(実契約の獲得数)としては3月から6月くらいまでは多くなかったです。法人が大きく動き出したのは6月からで、今では音声定額の3割〜4割の契約が法人加入になっています」(八剱氏)

 さらにウィルコムの音声定額が興味深いのは、法人の契約規模である。八剱氏によると、100回線以上という大口契約もあるが、圧倒的に多いのは20〜30回線規模の契約だという。ウィルコムの音声定額は、携帯電話のモバイルセントレックスが得意ではない中小企業のセグメントにも受け入れられているようだ(4月7日の記事参照)

 「中堅企業で多いのが、(携帯電話だけでなく)固定電話(との通話)も含めてウィルコムに乗り換えていただくケースです。また、最近ではウィルコムを導入済みの企業が取引先に勧めていただけるなど、取引先同士のネットワークで(ウィルコムの新規契約が)増えていくという状況になっています」(八剱氏)

 かつてのPHSはエリアへの不安感からか地方ユーザーの獲得で苦労していたが、現在のウィルコムはそういった問題は大きくないという。特に取引先企業間の“口コミ契約”においては、「都市部よりも地方で増える傾向にある」(八剱氏)という。地方は地元企業同士の結びつきが強い傾向にあるので、企業間における音声定額のメリットがわかりやすく、かつ口コミ効果も出やすい。それらが追い風になっているようだ。

 このように法人市場で予想以上の成功を収めた音声定額だが、当初のターゲットであったコンシューマー市場の動きはどうだろうか。

 「音声定額の開始当初は2台ずつ売れるケースが多かった。つまり、恋人同士や家族など特定の2人で使うという目的での同時購入ですね。しかし、今は2台で売れる傾向は減ってきていて、1台ずつ売れている。これはウィルコムの音声定額が広まって、すでに利用している(音声定額の)環の中に入るために買う人が増えているのではないかと分析しています」(八剱氏)

 音声定額プランの投入後、先述の「個人・音声」のセグメントは増加に転じており、当初の目的は果たした格好だ。今年12月にはボーダフォンが特定の1人との通話が定額になる「Love定額」を始めるが、「ボーダフォンさんのは、ウィルコムで言えば(音声定額の)初期の段階で、しかも相手が増えていかない。直接の競合にはならない」と余裕を見せる。

神尾寿の時事日想(特別編):八剱社長に聞く、ウィルコムの現在と未来(後編)

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