日本のスマートフォン市場を本気で考えるべき神尾寿の時事日想

» 2005年11月15日 09時54分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 先週の渡米はITS分野の取材が目的であったが、米国の携帯電話市場の視察もあわせて行ってきた。いくつかのキャリアや大手販売店も視察し、なかなか実りの多い1週間だった。

 北米キャリア取材の成果については、いずれ本コラムでも書いていくだろう。今日のテーマは別にある。滞在中を通じて痛感した、スマートフォン市場の活気である。

iPodとスマートフォンは「当たり前」?

 今回の北米取材の主目的は、サンフランシスコで開催された第12回ITS世界会議だった。これは筆者が毎年参加しているイベントであり、自動車のハイテク化について情報交換を行う開発者向けのカンファレンスだ。当然ながら、参加者は自動車メーカーやサプライヤーが中心になる。

 この会場内で、とにかくよく見かけたのが、PalmOne TreoやRIM BlackBerryなど“フルキーボード付きスマートフォン”を使うビジネスパーソンだ(8月31日の記事参照)。以前からスマートフォンが欧米で人気とは聞いていたが、米国でここまで普及しているとは思わなかった。特に人気なのはストレート型のようで、折りたたみ型の端末を使う人は少数派だ。

 なお、ITS世界会議には日本企業も数多く参加しており、日本人参加者の“定番ケータイ”はドコモのN900iGだった。ストレート型か、折りたたみ型か。日本人と米国人で手にするケータイがはっきりと分かれていたのは面白かった。

 ちなみに余談であるが、サンフランシスコの海沿いには気持ちのいい公園があり、そこでジョギングする人たちの耳には、あの“白いイヤホン”が必ずといっていいほど着いていた。ジョガーのiPodと、ビジネスパーソンのスマートフォン。この組み合わせは、北米ではもはや「当たり前」のようだ。

ケータイ専門誌が面白い!!

 米国の携帯電話専門誌も、スマートフォンの紹介が多い。日本の「ケータイ専門誌」はかなり淘汰されてしまったが、北米は需要が高いらしく、多くの専門誌があり、一般的なバイヤーズガイドでも携帯電話(というよりスマートフォン)の紹介ページが多く割かれている。

 筆者も何冊か購入して読んでみたが、興味深いのがキーボード周りのUI解説に重点が置かれていることだ。写真もキーボード部分の拡大が必ず掲載されており、入力インタフェースを重視していることがわかる。一方、カメラ機能や音楽再生機能などの踏み込んだ解説は少ない。

 また、ページを繰ってみると、端末バリエーションの豊富さに感心する。スマートフォンを中心とするストレート型のほか、折りたたみ型やスライド型もいろいろな端末があり、写真を見ているだけで面白い。カメラや液晶のスペックでは日本市場の方が進んでいるが、北米市場の端末はデザインやUIの作り込みにメーカーの創意工夫を感じる。特に利益率の高いスマートフォンは、各メーカーの“こだわり合戦”の様相だ。各種機能はもちろん、キーボードのレイアウトから本体のホールド性など使いやすさで切磋琢磨している事がわかる。

スマートフォンで取り残される日本

 携帯電話端末の性能やクオリティでは、日本市場は世界的に見ても先進である。キャリアのサービスの先進性や、端末との連携が密接である点については、間違いなく世界一である。

 しかし翻ってみて、日本市場に米国市場のような多様性はあるだろうか。米国だけではない。欧州や韓国・中国などと比べても、多様性の点で日本が優れているかと問われると、筆者は答えに悩む。

 特にスマートフォン分野での遅れには危機感を感じる。ドコモやauなど、日本キャリアの開発者の話を聞くと、「日本の携帯電話は性能や機能、デザインなど、どの分野でも海外のスマートフォンを超えている」と言う。それは一面の事実であると、筆者も思う。しかし、圧倒的に足りないものがある。多様性と創造性だ。

 先述の通り、欧米のスマートフォンはフルキーボードをはじめとする「使いやすくて小さいUI」の開発で切磋琢磨をしている。モバイル分野が重要になるネット社会の次のフェーズで、新しいUIのスタンダードを確立することが重要だと知っているからだ。一方で日本のキャリアとメーカーは、携帯電話を“電話機の延長”の枠組みから解き放ち、失敗しながらノウハウを蓄積する勇気を持たないように見える。ウィルコムの「W-ZERO3」(10月21日の記事参照)など意欲的な試みもあるが、ドコモやauなど市場シェアの大きいキャリアは、主力商品として本気で“日本のスマートフォン”を作り育てようとはしていない。

 本当にこれでいいのだろうか。

 確かに、折りたたみ型で多機能、ユーザーが使い慣れたUIを積む「売れる端末」を作ることは大切だ。今の日本にはスマートフォン市場は、ほとんど存在しないに等しいからだ。

 しかし中長期的に見たとき、スマートフォン作りのノウハウを持たないことが、日本の携帯電話メーカーを再び世界の中で孤立させる要因になりかねない。これは日本のキャリアにとっても、長い目で見ればマイナス要因だ。

 過去、優秀な国産の製品や技術が、グローバルスタンダードの潮流に飲み込まれた例は数多ある。その結果、日本メーカーが不本意なビジネスを余儀なくされた分野は枚挙にいとまがない。

 日本のキャリアとメーカーは、グローバル市場で通用する「日本のスマートフォン」を本気で考えるべきだ。そして、その成功には日本のスマートフォン市場が欠かせない。開発現場の近くにマーケットがなければ、ノウハウの蓄積が効率よく行えないからだ。

 日本のスマートフォン市場の立ち上げは、コストと労力、そして時間がかかるだろう。しかし、日本の携帯電話産業が国際的な競争力を持つためには、必要な投資である。

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