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伝統とモダンが融合する ヤマハの“ハイブリッド”電子楽器たち
楽器の世界に新しいデザインの風

 ピアノ、チェロ、バイオリン――。そういわれてあなたが想像する楽器のフォルムは、他人が想像するそれとあまり差はないだろう。形状や素材が音を左右するアコースティック楽器は、車や建築などに比べるとデザインの自由度は少ない。しかし、反響部を必要としない電子楽器においては、既成の概念を覆す個性的なモデルが生まれている。そして、そのなかでも特にデザインに力をいれた製品をラインアップするのが、ヤマハだ。
 ヤマハデザイン研究所に勤めるのは、最先端のインダストリアルデザインを学んだ精鋭デザイナーたち。職人的な世界で成熟された楽器のデザインに、新たな風を吹き込んでいる。

斬新なデザインに隠された「伝統」

 電子楽器ならではの開放的なデザインを端的に見せてくれるのが、「サイレントチェロ SVC-210」。演奏に必要な部分だけを残し、“小さく運び大きく使える”デザインを目指したと、ヤマハデザイン研究所の所長・吉良康宏氏は語る。「チェロの持ち運びにかかる苦労をこれで解消できるという思いがありました。例えばチェリストが飛行機に乗る際、彼らはチケットを2枚買ってチェロを座席に置くんです。でもサイレントチェロなら1枚のチケットで大丈夫」。一般の私たちにとっても、その携帯性と収納性は“チェロ”という選択肢をぐっと身近にしてくれる。

ヤマハデザイン研究所の所長・吉良康宏氏
サイレントチェロのデザイン画(左)、サイレントチェロ SVC-210(右)

 しかし、一見斬新に見えるデザインにも伝統は息づいている。演奏を左右するファンクショナルな部分には手を加えず、その上で時代にあった新しい価値観のデザインを提供するのがヤマハのスタンスだ。ところどころに残されたチェロの輪郭からも、そのことがうかがえる。デジタルデバイスの可能性と、アコースティックの伝統とを融合させたこれらの電子楽器を、同社は「ハイブリッド楽器」とカテゴライズする。

「歳をとる」ことで魅力を増すデジタル製品

 「ただ使いやすいことと、“プレーする”ことは違います」――デジタル製品においてはよく“ユーザビリティ”という言葉を耳にするが、これに対しヤマハが追求するのが“プレーヤビリティ”。演奏者の気持ちを喚起するようなデザインを目指し、試行錯誤が重ねられた。

 例えば電子ピアノ「MODUS(モーダス)H01」に付けられたグランドピアノ風の屋根は、デザインと音響の2面から演奏者の気持ちを高めてくれる。「屋根を閉じた状態では黒1色ですが、開くとまるで果物を切ったように中から色が出てきます。また、グランドピアノが聴衆に向かって音を反響させるのに対し、MODUSはプレーヤーに向かって音を響かせる。よりパーソナルな楽しみ方ができるんです」。

電子ピアノ「MODUS(モーダス)H01」

 「普通の電化製品は買った時が一番良い状態で、そこからだんだんと劣り始める。けれど楽器はそうではないんです。日々使うほどに手に馴染み、演奏も上達し、自分の大切なパートナーになっていく。だから例えデジタルの力で音を発していても、音質はもちろんのこと、ボディの素材や質感もないがしろにしません。時とともに“汚れ”るのではなく、“味わい”が増すようにしています」。

日本がリードする楽器の“新風”

 チェロやピアノの生まれ故郷は欧州。だが電子楽器の分野では日本や米国が一歩先を進んでいる。「ヨーロッパは伝統的な楽器文化がしっかり根付いている分、電子楽器の分野では日本やアメリカにくらべ遅れをとっています」(吉良氏)。また、そのなかでもヤマハの電子楽器は欧州とは違う“日本らしさ”をデザインに反映していると吉良氏は指摘する。伝統を踏襲しながら無駄を極力廃したデザインは“禅”の思想にも通ずるものがあるようだ。

デザイン性の高い楽器

 欧州とは違うヤマハのデザインポリシーを、国境を越えて発信したい――そんな吉良氏の情熱で実現したのが、イタリアの国際家具見本市「ミラノ・サローネ」への出展だ。2007年には本格的にブース展開を行い、デザイン性の高い楽器群を展示。多くの見学者が来場した。そのほか、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)大学院生とのコラボレーションなども実施。業界の枠にとらわれない発想を求めて、ヤマハのデザインへの取り組みはさらなる広がりを見せている。

取材・文/+D Style編集部

取材協力/ヤマハ http://yamaha.jp/