かつて、“アルファロメオ史上、もっとも成功した車”との呼び声も高い「アルファロメオ 156」の初期モデルをデザインしたヴァルター・デ・シルバ氏に、「私がデザインした車の中で最も美しい車」と言わしめたA5――同氏の総括のもと、デザインチームを引っ張ってきたのは日本人デザイナーのワダ サトシ氏だ。 2月21日に行われた発表会でワダ氏は、「マーケットリサーチからくる目には見えないもののためにではなく、目の前にいるヴァルター・デ・シルバのためにデザインした」と発言している。あくまでも自分の“思い”を信じ、デザインしたワダ氏。そのほかにも、スピーチの端々からは、トレンドとは違うデザインの本質を追求すること、そして、過去のデザインを未来へ継承していくことへの“思い”が伝わってきた。 |
では、A5やS5においてその“本質”や“過去の継承”といった要素は、どこに詰まっているのか。 ワダ氏はA5をデザインするにあたって、「常にクワトロの表現を意識した」という。1980年に発表され、80年代のWRC(世界ラリー選手権)で輝かしい勝利を収めた「アウディ・クワトロ」の登場以来、4WDシステム“クワトロ”は、「Vorsprung durch Technik――技術による先進」を掲げるアウディの象徴ともいえる技術になっている。 |
同氏はこのクワトロを「アウディのハート」と考え、デザインのテーマとした。フロントとリアのフェンダー部分、ホイールに沿って隆起したキャラクターラインは“4輪”の存在感を強調し、そのラインを橋渡しする中央の直線的なラインとで、クワトロのアイデンティティーを表現しているという。 |
アウディ・クワトロで採用されたブリスターフェンダーのモチーフも、形を変えてデザインに取り込まれている。フェンダー部分のなだらかな盛り上がりは俯瞰からも確認でき、さまざまな視点から、“4輪”の存在を感じさせるデザインに仕上げられた。 そのほかにも、アウディ・クワトロに代表される80年代のアウディデザインのDNAが、A5には息づいている。例えばA5のCピラーには、途中で折れ曲がり直線的なラインを描く部分があるが、これは「80年代アウディの“三角ピラー”を自然に溶け込むようにデザインした」ものだと、ワダ氏は説明する。 |
また興味深いのは、単に車のフォルムだけでなく、デザインの制作過程においても“過去の継承”が1つのテーマとなっていることだ。CGなどのコンピュータープロセスをできるだけ使わず、スケッチやクレイモデルなどの“手のプロセス”によって、デザインを生み出す――それがより「デザインのハートが伝わる」手法とワダ氏は考え、実行した。まさに70年代・80年代の“車作りの現場”を再現するような環境で、A5は生まれたということになる。実際、A5を見ていると、陰影が美しく、線や面がしっかりとボディになじんだ一種の貫禄を感じるが、そこに“手のプロセス”によるリアリティーが生きているのではないだろうか。 |
取材・文/+D Style編集部