水素で走る燃料電池車――そう聞いただけで、アタマの中でさまざまな妄想がグルグル回り始める。「水素と酸素を反応させて電気を生成するなんて中学の化学じゃないの。そういえば、化学の先生は水素の取り扱いに細心の注意を払っていたっけ……。爆発?」「モーターのパワートレインなんてAKIRAの世界だな。“ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ”とかクルマに言われるとか?」「そもそも1億円のクルマって、クラッシュしたらどうする?」などなど……。 だが、若干の不安(妄想)も「“究極のエコカー”を運転できる」という誘惑に勝るはずもない。東京・銀座の日産自動車本社に到着するころには「リニアにスピードが上がっていくって、例えるなら電車みたい?」「できれば首都高に乗って高速走行したい」など妄想もポジティブなものに変わっていた。 |
日産ショールーム前に音もなくやってきた燃料電池車「X-TRAIL FCV」は、一見するとそれが“億カー”(筆者の勝手な造語)だとはとても見えない、いたってフツーのRV車のイデタチ。側面の「FCV」の文字の意味(FCV=Fuel Cell Vehicle)を知らない人には、新しい車名かなにかとしか映らないだろう(日産もそのへんは気にしているようで、次世代モデルではFCVではなく「燃料電池車」と漢字表記されるらしい)。 だがクルマ好きなら、ちょっとした外観の違いに目がいくかもしれない。まずはフロントフェイス。大型のラジエーターにできるだけ風を取り込めるようにグリルダクトが大きめにとられている。そして、後方に回ると排気ガスを出すマフラーが見当たらない。高圧水素容器を下部に収納しているため後部座席の位置が若干高くなっているところに気が付くのは、よほどの注意深い人ぐらいだろう。 |
……と、それぐらいなのだ。あとはベース車のX-TRAILそのまま。さすがにバットモービルばりの未来スタイルは期待していなかったものの、「ベースがデロリアンなら、そりゃタイムスリップもしそうだ」みたいな車種選びも、妄想したいところ。日産の現行モデルなら、やはりフェアレディZかな……と、日産の取材担当者にふってみると「海外で同じような要望がありました」と聞いてちょっとニンマリ。 |
さっそく乗り込むと、インパネも実にシンプル。センターメーターはベース車がアナログに対してデジタルに変わっているが、デジタルメーターなんて四半世紀前からある代物でちっとも未来的ではない。燃料計にはガソリンスタンドの給油機のマークまである! エンジンスタートもキーを回すと始動する従来車スタイル。「ボタンで始動の方が燃料電池車っぽいかとも思ったのですが、電装系などもベース車のを極力流用するという狙いもあったので」と日産の取材担当者。 だがキーを回すと、それが普通のクルマでなかったことに早晩気づかされる。まずキュルキュルというセルの始動音がないし、始動後もアイドリングの揺れなどまったくない。その代わり、ナビ画面に「現在燃料電池システムを起動中です。Pレンジにしてしばらくこのままお待ち下さい」という表示が砂時計アイコンなどと一緒に現れる。数秒後に車両情報が表示され、モーター・燃料電池・バッテリー・タイヤと動力(エネルギー)の流れが現在どのようになっているかが図で示されるのだ。 |
ただ、その後は従来車とまったく同じ。操作系はベース車そのままで、運転方法は燃料電池車をまったく意識させない。確かにエンジン音がないのは燃料電池車ならではだろうが、タイヤからくるロードノイズや風切音は当たり前だが従来車と同じで、車内の静粛性が向上している近年のクルマと比べるとほとんど差がない印象だ。 ここまでくると、これが燃料電池車だという変な緊張感はほとんどなくなっていた。「それが狙いなんです」と日産の取材担当者はニヤリと答える。 少し悔しいので、五感を研ぎ澄まして従来車と違うところを探してみた。速度アップの過程で変速ショックがなく、リニアにスピードが上がっている感じは意識してなんとなく分かるという感じ。最大トルクが280N・mと3リッタークラスのガソリン車と同等のトルクで、その最大トルクが速度ゼロの状態から発生するのが電動モーターの特性ということを事前に聞いていたということを差し引いても、約1.9トンのヘビーウェイトをグイグイ加速させていくトルク感はさすがに分かった。 |
今回の試乗は「燃料電池車運転体験試乗会」と同じルートを案内してもらった。試乗コースは、参加者の希望や時間帯などを考慮しつつ、晴海周辺を周回するルートとお台場エリアまで足を伸ばすルートの2つの東京ベイエリア試乗コースを使い分けているという。試乗時間はお台場エリアルートで約30〜40分と、かなりじっくり運転を楽しめる。 試乗を通じて強く感じたのは、「フツーに運転できる凄さ」だ。水素満充填時の航続距離も、370キロメートル以上と従来車にかなり肉薄してきた(より高圧に耐える70MPa高圧水素容器を搭載した場合500キロメートル以上)。水素スタンドなどインフラ整備が進めば、クルマの性能としては今すぐにでも実用化できそうなレベルに達している。 「燃料電池車は、まだ未来のもの」という意識をまず捨て去ることが、地球温暖化の歯止めにつながるのかもしれない。そのためには、ぜひ燃料電池車に乗ってみることをお薦めしたい。 |
日産自動車 http://www.nissan.co.jp/ |
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取材・文/+D Style編集部
写真/永山 昌克