暗くなってから帰る習慣が付いてしまったせいか、明るいうちに仕事が終わると、かえって困る。そんな時に限って観たかった映画は終わっているし、食べたかったものが思い出せない。そこでお勧めしたい路線が東急世田谷線だ。この路線はかつて渋谷から多摩川を越えて走った玉川電気鉄道、後の東急玉川線の生き残り。玉川線が廃止され、世田谷線として独立してから今年で40周年を迎えたという。
東急世田谷線を下高井戸から三軒茶屋まで乗ってみた。かつて玉電と呼ばれた路面電車の支線で、わずか5キロメートルを約20分で結ぶ。本体の玉電は自動車交通の邪魔になるとして廃止されたが、世田谷線は専用軌道ばかりだったため生き残った。その経緯は都電荒川線に似ている。世田谷線の電車は10年ほど前まで路面電車風だったけれど、今はLRT風の新車になった。新車といえども最高速度は時速40キロメートル。なんとものんびりした路線である。
電車に乗る前に線路沿いを歩いてみる。世田谷線は日中は6分おきに走っていて、3分も待てば上下どちらかの電車が通る。電車が起こす風を浴びるなんて久しぶりだ。線路際には魚料理の定食屋があって、小道が線路からそれる。交わる道も小道ばかり。世田谷線が今も地元の人々に愛され、残っている理由は、沿線がこんな小道の住宅街だからである。まだ17時前だというのに、夕ごはんを支度する香りが漂ってきた。
下高井戸の駅で320円払い、「世田谷線散策きっぷ」を買った。駅員さんが「行ってらっしゃい」と声をかけてくれた。電車が駅に到着して、大勢のお客さんが降りてくる。ワンマン運転かと思ったら、若い女性の車掌さんが乗務している。彼女が背を伸ばして、上の方の小さな窓を開けていく。昼間は冷房を使ったけれど、涼しくなったから風を入れようということだろう。女性らしい配慮だと思う。そういえばお客さんも女学生やOLさんが多いようだ。
小田急線のガードをくぐり、宮の坂駅で降りた。この駅の近くには、招き猫発祥の地と言われる豪徳寺や、世田谷八幡がある。涼を求めるなら境内の森を散策するのも良さそうだ。しかし私のお目当ては保存車両だ。下高井戸方面のホームの脇、世田谷区の公共施設の敷地に“601”と書かれた電車がある。大正14年に製造された、玉電の電車だ。世田谷線で活躍した後、昭和45年に江ノ電に譲渡され、平成2年に廃車となって、この地に里帰りして保存されている。私が近寄ろうとすると電車の扉が開いて、小さな子どもが2人出てきた。「おじさんバイバイ」と声をかけて帰って行く。おじさんは電車の管理を担当する人のようで、扉に鍵をかけていった。
1つ隣の上町駅には車庫がある。ホームからよく見えないので、電車を降りてひとめぐり。世田谷通りに接する町のせいか、駅周辺は賑やかだ。踏切を渡って世田谷通りに出て、車庫の裏手へ回る横道に入る。こちらはもう静かな住宅街だ。そして車庫と道も建物で遮られた。隙間から電車をチラ見できるけれど、立ち止まっていると怪しい人だと思われそうだ。コインパーキングがあって、そこなら電車に近寄れそうだ。しかし用途外の立ち入りだから自重する。
ようやく線路に向かう道があって、曲がると踏切。しかしそこはもう車庫から遠かった。帰り道、白い小犬が足下に寄ってきた。綱をたどると若い奥さんで、思わず互いに会釈する。今日は暑かったので、やっと涼しくなったこの時間に散歩に出たのだろう。私たちはそのまましばらく歩き、世田谷通りの手前で別れた。犬は1度だけ振り返った。
次に降りた駅は若林。ここは世田谷線名物の踏切がある。交わる道は環状7号線。通称カンナナ。4車線の東京の動脈だ。踏切と言うけれど遮断機はない。クルマ側にも電車側にも信号機があって、電車も信号で停車する。これこそが玉電の名残だといえるだろう。世田谷線は法律上は軌道、つまり路面電車のままになっている。だから、この交差点のほかに信号機はない。
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