何をいまさら万年筆――21世紀の今、万年筆を購入することは、まずその問いに答えることから始めなければなるまい。100〜200円も出せば実用面では十分なボールペンを買えるにもかかわらず、それを何百本も買える金額をはたいて万年筆を買い求めるには、それなりに自分を納得させる理由が必要だからだ。 もちろん「サインぐらいはせめて万年筆」派というものは、以前から数多く存在した。だが、最近の傾向は、明らかにそれを超えたものだ。あえて言えば「自己表現の具」としての万年筆である。メーカー側もその変化を敏感に感じ取っており、安価な製品ラインからは万年筆を外し、ある程度、メーカーの個性を打ち出せるレベルのグレードから、製品を展開するようになっている。 |
また、万年筆の黄金期といわれる1920〜1950年の製品を復活させようとするイタリアなどの新興メーカー(むしろファクトリー=「工房」と呼んだほうがよいかもしれない)が最近、熱狂的に支持されていることもそれを表している。 |
モンブランのマイスターシュテュック149とパーカーのデュオフォールド センテニアル。現在、日本で入手可能な製品の中で、この2品が書き味や製品としての完成度、持ち主のステイタス表現、装飾性などの面で最高級の地位にあることを否定する万年筆ファンは少ないだろう。値段もそれなりにするが、目的に合えば、両者はその価格以上に見合ったものを提供してくれるはずだ。 |
では、それが究極の答えか、というと、そうではない。理由は2つの万年筆が持つバランスにある。 一般的な万年筆より両者のバランスポイントはペンのやや後ろ側にあるのだ。そこを握って書けば、2つの万年筆は最高の性能を発揮してくれる。 頭の中に浮かぶさまざまなアイデアを自由にノートに書きめぐらすとき、あるいは400字詰めの原稿用紙に夢中になって文章を書くとき、2つの万年筆は思考の妨げになるようなストレスを感じさせることなく、ペン自体の重みでスルスルと魔法のように文字を記していってくれる。 |
だが、記録を取るため、A4の細罫ノートなどに小さな文字を書こうとすると、様相は一変する。小さな文字を書くためには、ペン先により近いところを握る必要があり、そうすると重心が後ろになるため、ペンが重いと感じ、小回りも利きにくくなってしまうのだ。ちょうどメルセデスベンツの大型車が、細い道を曲がるのに苦労するのと、それは似ている。ことほど左様に、万年筆を選ぶということは難しい。 |
だから、「私だけの1本」を探すとき、「書いて試す」ということは絶対に必要である。雑誌や世間の評判などを信じてはいけない。それも条件がある。 その条件とは、実際に自分が書くのと同じような姿勢で、文字を書ける環境である。たいていの筆記具コーナーでは、小さなメモ用紙があり、立った姿勢でそれに試し書きをすることになる。だが、ホテルにチェックインしたり、クレジットカードの伝票などにサインしたりするとき以外、そんな姿勢で書くシチュエーションがどれほどあるだろうか? 基本的に文字は座った姿勢で書くものである。だから試し書きは座った姿勢で落ち着いて文字を書けることが望ましい。万年筆を選ぶときは、自分がどんなシーンで、どんな文字をどのぐらいの大きさで書くのか、あらかじめ考えた上で赴きたい。できれば事前に書く文章まで決めていければベストである。 |
じっくりと座って万年筆を試し書きする。本格的な万年筆専門店には、そういったコーナーが必ず備わっているものだ。今回、訪れた東京・青山の「書斎館」もそんな1店である。ショーケースいっぱいに万年筆が飾られた店内の一角には、万年筆を座って試せるコーナーがあり、そこでさまざまな万年筆を試すことができる。もちろん自分の用途や予算などの希望を伝えれば、店員がそれに見合った万年筆をセレクションしてくれる。 店内にはカフェなどもあり、選択に悩んだら、そこでじっくりと落ち着いて考えることもできる。万年筆に関わる書籍なども置いてあり、それを読んで参考にすることも可能だ。購入を急がせる雰囲気はまるでなく、じっくりと1本を選ぶことができる。実際、お店の人によると「半日近くお店で時間を過ごして、万年筆を選ばれる方もいます」という話だ。 |
お店の人によると、人気があるのはやはり最近の傾向を反映してイタリア系のメーカー、モンテグラッパ、デルタ、ビスコンティ、スティピュラということである。だが、モンブラン、パーカー、ペリカン、シェーファーなどの老舗の人気は根強く、実際に書いて試した結果、それらの製品を選ぶ人も多いという。 もちろん、セーラー万年筆、プラチナ萬年筆、パイロットなどの国産ブランドも健在。特に日本語を書く、ということについては国産メーカーに一日の長があり、跳ねる、払うといった日本語特有の書き方にこだわった製品も出されている。小回りが利いて、ノートに日本語でメモを取っていくような作業にはむしろ国産メーカーの方が優れているという見方をすることもできる。 |
総体的にいえば製品としてのおおらかさは残るが、デザイン性に優れ、自己主張ができるのがイタリア系メーカー、完成度の高さや信頼性で勝るのがドイツ系などの老舗メーカー、そして信頼性に加え、日本語に合った万年筆を提供しているのが国産系メーカー、といえるだろう。 書斎館では3時間以上を費やして、さまざまな万年筆と出会い、至福の時を過ごした。次回はそこで出会った数々の万年筆を紹介することにしよう。 |
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むしろ書き味に関わるのは、ペン先にあるペンポイント(現在ではイリジウム合金が大半)と呼ばれる球の成型の完成度と、ペン先の厚みの加減(元が厚くて先端に行くほど細くなっていれば、それだけ弾力性が増す)である。 なぜ万年筆に金を使うのかというと、インクが酸性のものが多いため、酸化してしまう金属だと錆びてしまうからだ。現代ではペンポイントだけでなく、ペン先自体をイリジウム合金にしている万年筆もある。 なお、インクを使う際、異なるメーカーのものを使うときは十分な注意が必要。相性が悪いといわれる万年筆とインクもある。A社のインクを使っていた万年筆にB社のインクを入れるような場合は、十分に前のインクを洗浄してから換えないと、化学反応を起こしてペン先を詰まらせてしまう可能性もある。A社の万年筆にB社のインクを合わせるといった作業は楽しいものだが、モンブランのように純正インク以外で起こったインクによるトラブルは、保証期間内でも有償修理となるメーカーもある。 |
取材・文/+D Style編集部
取材協力/Pen Boutique 書斎館 Aoyama(http://www.shosaikan.co.jp/)
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