-コデラ的-Slow-Life- :動く化石、「Argus C3 Matchmatic」の正体

同じ物が27年間、ほぼ改良もされずに作られ続けたArgus C3は、まさにカメラ界のシーラカンス。安くて丈夫で役に立つ。必要最小限あればいいというアメリカ人の合理性は、こういう製品から培われたのだろう。

 引き続き、Argus C3 Matchmaticをじっくり観察していく。前回も述べたように、Argus C3の基本設計は1939年から全く変わっていない。1939年と言えば、Leica IIIb発売の翌年である。ということは、いわゆるライカ判、現在の135フィルムの普及が始まったばかりという時代である。

 今の中古市場に並んでいるLeicaを見れば分かるが、普通これぐらい古いカメラとなれば、よほど保存状態がいいか、メンテナンスをしっかりしていなければ、まず動かない。それは、本当にその時代に作られて、そのままだからだ。


photo ヒンジというよりも、ただの蝶番で接続された裏蓋

 何が言いたいかというと、普通カメラというのは2〜3年、長くて5年で次のモデルが出て、前モデルは製造中止となるのが普通である。しかしArgus C3は同じ物が27年間、ほぼ改良もされずに作られ続けた。ピッカピカのC3というのも存在するのである。ソ連のカメラですら、そこまで無改良で続いたモデルはない。まさにカメラ界のシーラカンスである。

 Argus C3の裏蓋は、当時としては珍しくヒンジでつながって裏蓋が開く方式である。近代のカメラでは当たり前だが、この頃のカメラは、裏蓋が全部取れてしまうものが多かった。もっともヒンジというより、蝶番といったほうが正しいぐらいの代物ではあるが。


photo オール金属に見えるが、実はプラスティックの固まり

 蓋の留め具は、ロック機構などない。単に金属のフックをパチンと止めるだけである。ただしこのフックが相当固いので、撮影中に誤って開くことはない。

 ボディのフレームが金属なので、本体の黒い部分も金属のように見えるが、実はプラスチックである。ただし中身がぎっしり詰まっている固まりなので、全然軽くはない。

必要最小限あればいいという合理性


photo 右が距離計、左がファインダ。どちらもものすごく小さい

 内部は、機構的にもう必要最小限のものしかない。フィルムのパーフォレーションのガイドは1つしかなく、あとはフィルムをなめらかに流すためのローラーも何もない。そのあたりの気遣いはのちのカメラには皆搭載されたが、フィルムのスレなどは気にしないのだろう。

 ファインダを覗くと、右隅にレンズの先端が見える。近距離を撮ろうとするとレンズがどんどん伸びてくるので、ファインダ内にどんどん入ってくる。これはファインダの位置がレンズに近すぎるせいだが、これ以上離すとパララックスが発生するのかもしれない。しかし標準レンズは最短で3フィート、約90センチまでしか寄れないわけで、これはもうそういうことは気にするなということだろう。


photo ファインダ(右)がレンズに近すぎて、ファインダ内に入り込む

 レンズはArgus CINTAR 50mm/F3.5。Argusはのちに日本の富岡光学のOEMで、M42マウントのレンズもリリースしていたようだ。富岡光学はのちにヤシカに買収されたが、現在は京セラの傘下である。しかしこのレンズはMade in USAの、Argus社製だ。

 絞りの表記も変わっている。普通はF3.5から始まったら、あとは順に4、5.6、8、16と続くものだが、これは3.5、4、5、6、7、8となっている。これはMatchmatic専用の露出計の数値に合わせてあるのだろうが、単純な数字で割り切らせるあたり、かなり初心者層を意識したものと思われる。ただ絞り自体は10枚羽根と、ものすごく丁寧に作ってある。シャッターは3枚羽根のビハインド式だ。


photo 絞りの値は整数

 Argus C3は、カメラが高級品の時代にあって、当時としては破格に安かった。資料によれば、定価30ドルであったという。当時ライカがレンズ付きで150ドル程度であったそうだから、1/5だ。

 格好は悪いが、安くて丈夫で役に立つ。それで30年近く同じ物が売れたことを考えれば、昔のアメリカ人の合理性というのは結局、1つのものに集中して大量消費を行なうことで成し遂げられる経済力という、シンプルな原理によって培われたものではないか。そしてそれは、いまだに続いているような気がする。

小寺 信良

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映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。


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