アメリカ人の神髄を語る「Argus C3 Matchmatic」-コデラ的-Slow-Life-

» 2008年08月22日 11時55分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 第二次世界大戦の勝戦国として破格の発展を遂げ、近年ではコンピュータ文化の中心地として世界に君臨する国、アメリカ合衆国。筆者が子供の頃は、もはや戦後ではないと言われた時代だが、日本はアメリカ的なものに憧れ、アメリカになろうとしていたように思える。アメリカのおもちゃ、アメリカの飲み物、アメリカのテレビ番組。それらによって日本は、「モダン」を手に入れたのであった。

 コンピュータ文化が花開いて以降、アメリカ製ハードウェアやソフトウェアを通して、我々はアメリカ人的合理主義を学んでいった。しかしその合理性は、若干買いかぶりすぎた面もあるんじゃないかと、このカメラを見て思う。

 Argus C3は、アメリカを代表するカメラである。以前からその存在は知ってはいたものの、それほど興味はなかった。中古カメラ店にはそこそこどこでもあるし、破格に使いづらいという話は聞いていたからだ。


photo 100mmの交換レンズ付きで売られていたArgus C3 Matchmatic

 だがある日、有楽町の中古カメラ店で、100mmの交換レンズ付きの美品を見て、つい衝動買いしてしまった。それほど綺麗だったのである。あとで調べてみると、Argus C3の派生モデルである「Matchmatic」というものであるらしい。

 アメリカのカメラメーカーと言えば、KodakやPolaroidを思い浮かべる人も多いだろうが、販売実績で言えばこのArgus C3とは比べものにならない。

 真四角で無骨、通称Brick(レンガの意)と呼ばれたこのカメラが、39年から66年までの27年間、大したモデルチェンジもせずに200万台以上も売れた。1939年と言えば、第二次世界大戦勃発の年である。そこからビートルズ来日の66年まで、世界は大変な激動を迎えたわけだが、米国では変わらずこの形のカメラが売れ続けたわけだから、いかにこれが異常な出来事か想像できよう。

「機能は果たせばよい」という思想


photo 歯車が連動してフォーカス値をレンズに伝える

 Argus C3は、見れば見るほど常識から外れたカメラである。まず真四角の本体は、製造は楽だろうが、カメラとしては持ちにくい。本来はさらにカメラケースを付けて撮ったものだろうが、それがあったとしても角張って持ちにくいことには変わりない。

 正面に見える3つの穴は、右側がファインダ、中央と左の丸い穴が距離計になっていて、上下の二重像を一致させることでフォーカスを取る。丸い穴のあるフォーカスダイヤルを回すと、歯車が連動してレンズ部に伝わり、ヘリコイドを回す仕組みだ。普通のカメラなら、こういう仕組みは内側に隠すものだが、この歯車だらけの外観がArgus C3を特徴付けている。

 しかもこのカメラ、レンズ交換ができる。まずフォーカスダイヤルとレンズの間にある歯車をいったん外して、レンズを外す。別のレンズを取り付けたのち、フォーカスダイヤルとレンズ双方を無限遠の位置に合わせて、歯車をはめる。正直、撮影現場ではレンズ交換したくない機構だ。もちろんファインダはレンズに応じて変えなければならないため、純正のファインダーもあると思われるが、あまり見たことがない。

photophoto 連動ギヤを取り外してレンズ交換可能(左)100mmに交換してみた(右)

photo 専用露出計と連動するため、簡単な数字しか書かれていない

 右側にあるダイヤルは、シャッタースピードだ。元々のC3はここにちゃんとしたシャッタースピードが書いてあるが、Matchmaticは別途専用の露出計があるらしく、それに合わせて単に4〜8の数字しか書いていない。オリジナルC3シャッタースピードは、1/300〜1/20秒というものと、1/300〜1/10秒という資料がある。おそらくどちらも正解で、それぞれ現物がそうなのだろうが、メーカー側で改良してもモデル分けしていないため、このような混乱が起きているようだ。


photo モダンなデザインのシャッターチャージレバー

 ロゴの上にある、セルフタイマーのようなものは、シャッターチャージレバーである。これを下げてシャッターボタンを押せば、いくらでもシャッターが切れる。このカメラが設計された当時、フィルムが一コマ巻き上げられて止まると同時にシャッターがチャージされる、「セルフコッキング」はまだ一般的ではない。機構そのものは、36年ドイツのKine-Exaktaで実現されていたようだ。


photo ロックレバーを倒してフィルムを巻き上げる

 フィルムの巻き上げは、フィルムカウンターの脇にあるレバーを倒して一時的にロックを外し、巻き上げる。途中でロックレバーから手を放しておくと、1コマぶん巻き上げたところでロックがかかる。無理に力を入れて巻き上げようとすると、フィルムが破れてしまう。なんともおおらかな仕掛けだが、フィルムカウンターはグルグルと回りつつも、ちゃんと一コマぶん進む。めんどくさいこと請け合いだが、ちゃんと機能は果たしている。

小寺 信良

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映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。


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