モバイルブロードバンド市場を広げる「2つの選択肢」 ――クアルコムジャパン Interview(1/2 ページ)

» 2006年11月16日 12時26分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 10月31日、クアルコムジャパンが次世代のモバイルブロードバンド技術、「FLASH-OFDM」のデモを仙台市内で行った(11月1日の記事参照)。詳しくはレポート記事を参照してほしいのだが、この実証実験は東北大学と宮城県、ソフトバンクテレコムが主体となって実施しているもので、伊藤忠テクノサイエンス(CTC)がシステムの構築を行っている。

 今日の時事日想は特別編として、クアルコムジャパン ワイヤレスブロードバンド推進室ディレクターの川端啓之氏にインタビュー。802.20とFLASH-OFDMの関係、商用化をにらんだビジョンなどを聞いた。

クアルコムジャパン ワイヤレスブロードバンド推進室ディレクターの川端啓之氏

モバイル市場にフォーカスしたFLASH-OFDMと802.20

 先のレポートでも紹介されているとおり、FLASH-OFDMはモバイル環境下でIPのパケットを効率的に伝送することを目標に、1998年にベル研究所で開発された通信技術だ。最近、ワイヤレス業界の注目を浴びている「モバイルブロードバンド技術」の1つであり、IPデータ通信に特化したワイヤレス通信サービスの実現を目指している。当初は2000年2月にベル研究所からスピンアウトしたスタッフが設立した米Flarion Technologiesで開発されていたが、2006年1月に同社を米QUALCOMMが買収。QUALCOMMの推進するモバイルブロードバンド技術「802.20」と共通する部分も多いことから、FLASH-OFDMは“プレ802.20”という位置付けで技術開発が進められている。

 いわゆるモバイルブロードバンド技術というと、同じくIPデータ通信向けとして開発された「モバイルWiMAX」が有名だが、クアルコムの推進するFLASH-OFDMと802.20は開発初期段階のコンセプトがまったく違う。モバイルWiMAXは、北米で固定網ブロードバンドの補完・代替として考えられていた広域ワイヤレスブロードバンド技術の「WiMAX」をモバイル用途に転用したものだが、FLASH-OFDMと802.20はスクラッチ段階から移動体(モバイル)での利用が考えられていた。そのためハンドオーバー処理や電波利用効率の向上などが重視されており、モバイルブロードバンドサービスを事業化する上で重要な技術的・ビジネス的な合理性でモバイルWiMAXよりも優れているというのがクアルコムの主張である。

FLASH-OFDMは802.20と併走していく

 今回の実証実験において、FLASH-OFDMにはPre 802.20の冠が付けられている。しかし、両者は併走していく関係にあり、FLASH-OFDMが802.20に代替されるものではないという。

 「現在IEEEに提案している802.20とFLASH-OFDMはイコールではありません。ただ双方とも“モバイルブロードバンドを実現する”という目的は同じで、基本技術にOFDMを使い、モバイル環境の利用を重視する点も共通ですから、類似の技術を使うことになります。そのためクアルコムの中で一緒に開発していくことになったのです。商用化に向けた製品の観点では、802.20は(FLASH-OFDM)よりワイドバンド(広帯域)への対応が前提になります。日本では2.5GHz帯の割り当て議論が注目されていますが、そこで見られるような10MHzから20MHz幅を使っての事業化に対応するのが802.20になる。一方、FLASH-OFDMはもっと狭い帯域で使うことを考えている。周波数幅は1.25MHzから対応しますので、少ない周波数幅しか持っていなくても導入できるのが特徴です」(川端氏)

 FLASH-OFDMはフットワークのよいモバイルブロードバンド技術であり、使用する周波数幅が少ないほかにも、利用可能帯域が400MHzから3.5GHzと幅広い。802.20やモバイルWiMAXは大規模なモバイルブロードバンドサービス向けだが、FLASH-OFDMはもっと小規模なサービスやビジネスで利用できるのがポイントだ。「2MHz幅くらいしか周波数を持っていない事業者ならば、FLASH-OFDMが最適なモバイルブロードバンド技術になる」(川端氏)点がメリットになる。

 「モバイルブロードバンド技術として、802.20とFLASH-OFDMのニーズは別のものであると考えています。実際に利用できる周波数幅として10〜20MHzを持てる事業者は(将来を見ても)数少ない。しかし、所有する周波数が少なくても、モバイルブロードバンドやIP化のニーズは大きいのです。例えば欧州で実用化されている独Deutsche Bahnの高速鉄道ICEでの(FLASH-OFDM)採用を見ても、ICE向けだけの目的で10MHz幅の周波数をもらえるなんてことは絶対にあり得ない。狭い周波数幅でもモバイルブロードバンドサービスが実現可能なFLASH-OFDMだからこそ、(鉄道向けの)モバイルブロードバンドサービスが実現できたのです」(川端氏)

様々なところにFLASH-OFDMの“市場”がある

 日本では現在、2.5GHz帯を広帯域で使うモバイルブロードバンドサービスが注目されており、NTTグループ、KDDI、イーアクセスなどが虎視眈々とその帯域の獲得を狙っている。しかし、802.20やモバイルWiMAXなど広帯域向けのモバイルブロードバンド技術を使うとなれば、おのずと割り当てされる事業者の数は絞り込まれる。他事業者へのホールセール(回線卸売り)義務化といった条件が付くかもしれないが、実際に割り当てられるのは大手通信事業者を中心に2〜3社程度という形になるだろう。

 しかし、モバイルブロードバンドのニーズが“それで終わり”なはずはない、と川端氏は強調する。

 「2.5GHz帯以外に目を向ければ、数限りない無線システムが今でも動いています。ただ、これらは特定のアプリケーションや帯域に特化した特殊な無線システムが使われている。さらに、これらの多くがすでに(技術・システム的に)『古くなっている』のです。

 では、これら特定かつ小規模な無線システムが今後どうなるのか。その多くはIPにならざるを得ないんです。今からIP以外の無線システムを導入することは、(経済合理性の点からも)考えにくい。このIPの無線化をする上で、ではそれぞれの帯域にあわせた独自の技術開発が行われるかというと、これも現実的ではありません。

 FLASH-OFDMはこういった小規模かつ特定の無線システムでの利用が可能であり、(IPの汎用性がある)テクノロジーとしてできあがっている。狭い帯域幅で、かつ幅広い周波数帯に対応して利用できるメリットが大きいのです」(川端氏)

 特定目的用の無線システムとしては、タクシーや鉄道・バスなどの業務用無線、防災無線など国や自治体が所有するものもある。これらは周波数幅が狭く、「モバイルWiMAXなどは絶対に入らない」(川端氏)ものだ。しかしFLASH-OFDMならば、これらに対応可能であり、応用的なサービスや新たな市場が創出される可能性がある。

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