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連載

神尾寿の時事日想:

ソフトバンクが“既存キャリア”になる日

英Vofafoneが、同社日本法人をソフトバンクに売却――この買収が成功すれば、ソフトバンクは新規参入ではなく、既存キャリアとして携帯市場に参入することになる。これは何を意味するのか。
2006年03月06日 10時06分 更新

 日本時間の3月4日未明、英Vodafoneが日本法人・ボーダフォンをソフトバンクグループに売却する方向で交渉を進めていることを認めた(3月4日の記事参照)。筆者は英Vodafone発表直後の速報が報じられたころ、ロスアンジェルス国際空港で飛行機の乗り継ぎ中であり、日本時間未明のニュースをいち早く知ることができた。

 その後、ソフトバンクもボーダフォン買収交渉の事実を認めた(3月5日の記事参照)。日本法人買収の条件については報道によって多少の違いはあるが、実現すれば1兆円を超える大型買収になることは間違いない。

ソフトバンクが既存キャリアになる?

 帰国後すぐにボーダフォン広報部に問い合わせたところ、「現時点では英Vodafoneの発表以上の情報はない。週末から月曜日にかけて大きな発表があることは今のところなさそう」だという。本稿執筆時点である日本時間の3月6日未明にも進展はなく、現在は“台風の目”に入ったような状況にある。複数の報道機関の情報のブレや、英Vodafoneのプレスリリースの文脈を読み取ると、「ボーダフォン日本法人を売却する方向性は合意しつつも、条件面での交渉が続いている」と考えるのが妥当なようだ。特にVodafoneのプレスリリースには、“売りたいが、足がかりは残したい”という微妙な思惑が垣間見える。

 今後、事態がどのように進展するかは不分明であり、状況を見守るしかない。しかし、ひとつ言えるのが、仮にボーダフォン日本法人がソフトバンクに売却されたら、ソフトバンクは「新規参入キャリア」ではなくなり、1500万契約を保有する国内第3位の「既存キャリア」になるということだ。となると、ソフトバンクの携帯電話市場参入のシナリオと影響力は大きく変わってくる。

ソフトバンクのメリットは「時間を買える」こと

 ここからはソフトバンクがボーダフォン日本法人を買収したら、と仮定してメリットとデメリットを考えてみよう。

 まず、最大のメリットは「時間を買う」ということだ。

 どのような条件にせよ、ボーダフォン日本法人を買えば構築が進んだ3Gのインフラと構築済みの2Gインフラを手に入れられる。用地確保や基地局調整にかかる手間と時間を考えれば、この1点だけで既存キャリアと新規参入キャリアの間にある壁は高くて厚い。筆者は新規参入キャリアが全国規模で競争力を持つのに「早くて3年はかかる」と予測しているが(2005年12月29日の記事参照)、ボーダフォン日本法人の買収が実現すれば、この準備期間は不要になる。既存3Gインフラで全国サービスを開始して、都市圏でHSDPAやモバイルブロードバンドなど次世代サービスを導入する戦略がとれる。

 また、契約者の面で見ても、ボーダフォンには約1500万契約が存在する。昨年は3G移行期の苦しみを経験し、不振のような印象が強いが、それでもツーカーやウィルコムと比べれば契約者数の差は桁違いだ。ドコモやauと比べてボーダフォンユーザーのARPUは低いが、これもソフトバンクのようにARPU低下を前提に参入しようとしていた会社にとってはさほど問題にならないだろう。むしろ、“最初から1500万契約”のメリットの方が大きい。

 しかも、ボーダフォンが持つ1500万契約という数字は、構築が進む3Gインフラに対してわりとバランスがいい。約5000万契約を持つドコモは、FOMAユーザーの増加が及ぼすインフラ負担の増大が無視できない状況になっている。特に都市部ではユーザー数の多さがインフラに対する“爆弾”となる側面も無視できない。

 一方、約2100万契約を持つauは「EV-DO」を導入済みであり、ドコモに比べてインフラ側の余力がある。しかしauユーザーの3G移行率とデータ通信需要の高さ、純増数の好調な伸びを鑑みれば、契約者数と3Gインフラの間で成熟が進んでいる。料金やサービスにおける大胆な奇策は打てないし、打たないだろう。

 ドコモとauに対して、ボーダフォンの3G契約者数は未だ約250万人であり、今後3G移行が進んでも最大で約1500万契約だ。3Gエリア構築が進めば、この相対的な“数の少なさ”を当面の武器にして策を打てる潜在的な余地がある。これはソフトバンクのようにスピード感のある展開を考える新規プレーヤーにとって、重要なポイントになる。

 また、ここでは詳しく触れないが、FMC(2005年12月27日の記事参照)を睨めば、サービス開始当初からYahoo! BBやYahoo! Japanとの連携が可能なのもソフトバンク側の大きなメリットだ。

立ち位置の違いを吸収できるか、が課題

 むろん、不安要素も複数ある。

 その筆頭になるのが、現在のボーダフォンは“既存キャリア”であり、その構造が新規プレーヤーとしてのソフトバンクの競争スタイルを阻害する可能性だ。

 周知のとおり、日本の既存キャリアのビジネス構造は基本的に“高コスト体質”である。端末開発やコンテンツ・サービス開発に莫大な資本を投下し、全国規模の販売・サポート拠点の維持にもコストがかかる。それはボーダフォンとて例外ではなく、ユーザーはその高コスト体質の上に築かれたサービスとブランドに慣れきっている。

 ソフトバンクのような新規参入プレーヤーの取る戦略としては“低コストでシンプルなビジネス構造により、高コストで複雑化した既存プレーヤーに対抗する”が常道だ。しかし、ソフトバンクがボーダフォンを買えば、既存キャリアの構造に取り込まれて、新規参入として本来とるべき戦略と既存キャリアとしてのビジネス構造の間で、折り合いをつけるのに苦労することになるだろう。

 現在のボーダフォンユーザーの扱いにも細心の注意が必要になる。言うまでもないが、彼らは「既存キャリアのユーザー」であり、新規参入キャリアを最初期に選択するユーザー層ではない。料金が安くなることは歓迎されるだろうが、一方でボーダフォンショップなどサポート拠点の減少やサービスの簡素化は受け入れられないだろう。また新ブランド導入となれば、その訴求も重要になる。J-フォンからボーダフォンへ移行したときのようにユーザーの信頼感を損ねれば、再び大きな混乱を招きかねない。

 また、ボーダフォン社内の士気の問題も重要だ。今のボーダフォンの社内は、J-フォンからの移行期直後の混乱が収まり、ひとつにまとまって士気が高くなってきている。その効果がようやく現れようかという時に、“ハシゴを外される”ような形で売却されれば、人心が惑うのは避けられない。特に人事や待遇面で、Vodafoneグループとソフトバンクグループでは隔たりが大きい。今後の進展状況にもよるが、売却交渉の長期化や売却条件によってボーダフォン社内の士気が下がるような混乱が起きれば、MNPを前にした大切な時期に大きなリスクを背負うことになる。

 これらの他にも、ボーダフォン買収にかかる資金調達の課題や、新規参入としてBBモバイルが獲得した1.7GHz帯の周波数を今後どうするかといった問題もある。特に後者は、ソフトバンクがボーダフォン買収に成功して"既存キャリア"になれば、1.7GHz帯の返却といった論議が巻き起こるのは必至だ。

いずれにせよ早期決着を

 正直なところ、筆者は今回の「ボーダフォン日本法人の売却」について、最悪のタイミングで表出したと感じている。特にボーダフォン社内と同社ユーザーに与えた不安の代償は大きい。

 繰り返しになるが、昨年後半からボーダフォン社内は新体制化でまとまり、社員の問題意識と士気が高まって、よい方向に向かってきた。あとはMNPを前にした時間の問題をクリアーしていくという段階で、無用な混乱を招くような発表を行った英Vodafoneの判断には、疑問を通り越して不信感すら覚える。

 今後、事態がどのように進むかは分からない。しかし、事ここに至った以上、日本市場での混乱を増大させないためにも早期決着が望まれる。今後の趨勢に注目したい。

[神尾寿,ITmedia]

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