誠

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連載
2005/10/14 14:33 更新

神尾寿の時事日想:
ビデオiPodでダメなら、モバイル映像コンテンツの世界はない

モバイルで映像を見ようという試みは、携帯、ゲーム端末などさまざまなデバイスでチャレンジされてきたが、どれ1つとして普及したと言えるものはなかった。今度のiPodでダメなら、今後モバイル映像コンテンツが普及することはないだろうと考える、その根拠は……。

 10月13日、アップルコンピュータが第5世代にあたる“ビデオ”「iPod」を発表した(10月13日の記事参照)。2.5インチのカラー液晶と30GB/60GBのハードディスクを搭載したハイエンドモデルである。先に発表されたiPod nanoは「iTunesのプレイリストを持ち歩く」というiPod miniの後継であったが、第5世代iPodは大容量HDDを使い、「iTunesのすべてを持ち歩く」という初代のコンセプトを受け継ぐもの。正統派の長男といったところだろうか。

 興味の的はやはり「ビデオ再生」機能と、そのビジネスモデルだ。ポータブルプレイヤーや携帯電話など“モバイル機器で映像コンテンツを再生する”という機能やサービスは、これまでにも多く登場してきた。しかし、それらは一部のユーザーの利用にとどまり、多くの一般ユーザーが楽しむものにはなっていない。

 携帯電話業界でも、モバイル向け映像コンテンツのビジネスは期待されている。カラー液晶に高速なCPU、メモリー容量の増大。3Gになり通信速度もあがった。技術的な必然性を持ってすれば、未開の沃野たるモバイル映像コンテンツの潜在市場に花が咲くはずだった。実際に映像配信や地上アナログTV機能の内蔵など、チャレンジも行われた。しかし、“モバイルで映像を楽しむ”という利用習慣や文化は一向に広まる気配がない。話題の「ワンセグ」にしても、それが話題性以上の効果を携帯電話業界に及ぼすのか、携帯電話などモバイルの世界に新たな文化とビジネスを根付かせる事ができるのか。筆者は疑問を持っている。

 短期集中連載において、NTTドコモ執行役員の夏野剛氏の見解が多く取り上げられたが、この中の映像配信の下りは筆者も同意見だ(10月12日の記事参照)。少なくとも現在の携帯電話のインフラと端末、サービスプラットフォーム、利用スタイルなど、ユーザーを取り巻く環境の中で映像コンテンツを扱っても、それは一般層にまで広がらないだろう。

“最後の期待”としてのビデオiPod

 本当に、どこまでいってもモバイルに映像の世界はないのか。

 その試金石にして、最後の期待になるのが、ビデオiPodだと筆者は思う。今回の新iPodには、これまでの携帯電話やポータブルプレーヤーにはなかった映像コンテンツ利用の優位性が存在するからだ。

 まず、携帯電話に対する大きな優位性としては、イヤフォン装着の動機付けができている事があげられる。

 当たり前だが、音楽を聴くための機器であるiPodは、利用時に必ずイヤフォンを装着する。iPodユーザーはみんなイヤフォンを付けているのである。一方、携帯電話はイヤフォン装着が当たり前ではない。最近は音楽再生機能の対応機、いわゆる「音楽ケータイ」が増えているが、それらを所有するユーザー全員が常にイヤフォンを持ち歩いているわけではない。

 映像は「絵と音」が組み合わさって初めて成立するコンテンツだ。つまり、音が聴ける環境にある事が大前提である。さらに着メロや着うたと違い、音だけでは成立せず、端末のカスタマイズ用途にも使えない。イヤフォン利用の動議付けや習慣ができているかが、基本的な部分であることが重要なのだ。

 ターゲットが絞り込まれているのも、ビデオiPodの強みだ。

 ビデオiPodがメインターゲットにするのは、自らの本質である「音楽」の延長線上にあるミュージック・クリップだ。北米ではMTVの影響により、エコーブーマー世代(彼らはiPodのコアユーザーでもある)にミュージック・クリップの視聴が浸透している。日本でも、iPodやiTunes Music Storeを積極的に利用するユーザー層はミュージック・クリップへの親和性が高い。

 これまでの携帯電話向け映像サービスのように「広範なジャンルをカバーする」のではなく、まずiPodありきでコアユーザーの嗜好に焦点を絞り、iTunesとiTMSを通じて音楽関連の映像を提供するという手法は、ターゲットセグメントにリソースを集中するというハイテク・マーケティングの基本に忠実だ。さらにアップルらしい点として、「音楽が好きならば、誰でも使える」ように利用環境やUIをきちんと整えている。

 ブランド力とプラットフォームの規模も強みである。

 iPod/iTunesのブランドは、コンピューター業界のみで通用するものではない。ファッションやクルマの高級ブランドがiPodと好んで連携するように、iPodブランドは一種のエコシステム(生態系)を構築し、デジタル音楽業界の中で巨大なインフラのようになっている。かつてのiモードがそうであったように、巨大インフラになったブランドはコンテンツを集めやすく、プラットフォームは雪だるま式に大きくなる。映像のジャンルが同じ「音楽分野」である事もあり、ミュージック・クリップのラインアップを充実させることは、アップルにとって容易なはずだ。

 他にも、ビデオ・ポッドキャスティングなど興味深い機能はあるが、筆者はやはり「iPodユーザー向けに音楽に絞り込んだ映像」を投入することが、ビデオiPodの可能性になっていると考える。デジタル音楽分野の1つとして、ミュージック・クリップという映像をダウンロードし、それをiPodで楽しむ。これが成功し、一部のテクノロジーマニアではなく、音楽好きな一般ユーザーの間で広まれば、モバイル映像の世界が開けるのではないか。「モバイルで映像を楽しむ」という習慣が受け入れられ、一般層に橋頭堡さえ築ければ、その効果は携帯電話にも波及する。

 ビジネスモデル、端末、ブランドとプラットフォームなどすべての要素で、ビデオiPodは万全の体制を敷いている。これまでで最も成功する可能性の高い、モバイル向け映像コンテンツへの取り組みだ。しかし、それでも一般ユーザーに受け入れられなかったら……。

 極論しよう。ビデオiPodでさえダメなら、モバイル映像コンテンツの世界はない。モバイルで映像を見たいというユーザーは少数派であり、多くの企業が期待する潜在市場は、実は砂上の楼閣だったというだけだ。

 筆者も昨日、ビデオiPodを購入した。業界ウォッチャー、そして1ユーザーの両方の立場から、今後の動向に注目していきたいと思う。

[神尾寿,ITmedia]

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