「目先の数億円には興味ない」――スクーが目指す“ナンバーワン”の教育プラットフォームとは?オンライン学習の今(後編)

先が見えない時代に必要とされる“社会人の学び”とはどのようなものなのか――。「学びに『卒業』はない」「これからの採用は学習ログによる人物考査が決め手に」と話すスクーの森社長が目指す、教育プラットフォームの姿に迫る。

» 2014年08月04日 10時30分 公開
[山崎潤一郎,Business Media 誠]

 百戦錬磨の起業家やビジネスパーソンが講師を務め、分からないことはその場でチャットで質問できる――。これがネット時代ならではの“双方向性”を生かしたスクーの授業だ。スクーは、先が見えない時代に必要とされる“学び”をどのようにとらえ、どんなビジネスモデルで事業を拡大しようとしているのか。前編に続き、同社の社長を務める森健志郎氏に聞く。

Photo スクーの授業の風景

「資格」より「学習ログ」を見て採用を決める時代が来る

 スクーが掲げる経営理念は、「世の中から『卒業』をなくす」というものだ。そこには“現実世界で学校を卒業した後も、向上心をもって学び続けてほしい”という思いが込められている。社名の「schoo」も「school」から単語の締めくくりの文字「l」を取り去ることで、締めくくるもの――つまり「卒業」をなくすことを表している。

 ただ、学んだことの証として、あるいは就職や転職を有利に進める武器として、資格や修了証書といった、「証」が欲しいという人は多い。その需要の多さは、通信教育の「ユーキャン」が資格の取得を前面に押し出し、一定数のユーザーを集めていることからもうかがえる。しかし森氏は「資格を重視したモデルには懐疑的」と明言しており、そのような要望には応えていない。

Photo スクーの学習ログ

 森氏が重視するのは、資格や修了証書といった「結果」より、そこに至るまでの「過程」だ。インターネット学習には、学びにまつわるすべての過程が「ログとして残る」という特徴がある。どのような授業をどのくらいの時間受け、レポートや試験の評価がどうで、どのような質問をし、ディスカッションでどのような発言を行ったのか――といった、学びに関連するすべての言動が「学習ログ」として記録されるのだ。

 人材を採用する側も、時系列で記録された学習ログを基準にする方が、その人物を評価する上で的確な判断ができ、必要かどうかをより正確に見極められるというのが森氏の考えだ。最近では、新卒採用時に内定者の普段の素行や人間性を把握するために、ブログやFacebook、TwitterといったSNSでの発信情報をチェックする企業の人事担当者も多く、森氏の説く学習ログによる人物評価も根底に流れる考え方は似ている。

 とはいえ、「学習ログによる人物考査」は、まだまだ浸透していないため、今後、採用側にいかにその効果を理解してもらえるかが重要になる。森氏はこの考査方法の認知拡大を図るために、クラウドソーシングサイトや人材派遣サービスに、学習ログAPIを提供することを検討しているという。

 この構想を実現するためには、個人情報の扱いや各種の業法をクリアするなど、超えなければならないハードルは多いが、それが実現すれば人材(生徒)、教育機関、人材サービス産業、採用企業との間に、これまでにない人材マッチング最適化のエコシステムが形成される可能性がある。

会員数1000万人の教育プラットフォームを目指す

Photo スクーの社長を務める森健志郎氏

 スクーの授業は基本的に無料で提供するフリーミアムモデルで運営されている。生放送を視聴できない人は月額525円支払えば、アーカイブされた授業を視聴することができ、現在はそれが主な収益源となっている。“チャット×生放送授業の双方向授業”を展開するユニークな存在として末永く事業を継続するために、ほかにどのような収益源を確保できるだろうか。

 例えば同様のサービス――米国のオンライン講座「Coursera」(コーセラ)では、GoogleなどのIT企業への人材あっせんサービスを収入源の1つに据えている。Courseraと同じようにスクーで育った優秀な生徒を企業とマッチングさせ、収益源とするのはどうだろうか。また、オンライン講座のノウハウを武器にBtoBの教育事業に参入するという手もある。

 しかし今のところ森氏は、こうした事業展開に興味がないようだ。「基本的には有料会員を増やすことで収益を確保していく。人材あっせんサービスは労働集約型なので、現在の弊社のヒューマンリソースでは無理。また、BtoBで目先の数億円規模の売り上げを追いかけるつもりはない」(森氏)。当面は、一般ユーザーの獲得に全てのリソースをつぎ込み、会員数1000万人突破を目指すという。

 現在(2014年時点)、会員数が約9万人であることを考えると、この1000万人という数字は無謀にも思えるが、教育プラットフォームのナンバーワンになるためには、これくらいの規模感を抱いて5年後、10年後を見据えた事業展開を考える必要があるのだろう。実際、ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受けているスクーとしては、「教育プラットフォームでナンバーワンの地位を獲得し、数千億円あるいは、数兆円の規模でビジネスを回すことを考えないとVCから資金を調達してスタートアップした意味がない。人材あっせんやBtoB事業は、それからでも遅くはない」(森氏)と強気だ。

 余談だが、スクーの社内には、「VCからの出資で得た資金が枯渇するまでのタイムリミットカレンダーが掲示してある」(関係者)という。社員一丸となって危機感を共有しながら事業を成長させようという意気込みが伝わるエピソードだ。

Photo 企業やメディア、大学と提携してコンテンツ開発を行っている

 コンテンツ制作に対する姿勢からも、スクーがプラットフォーム重視の戦略をとっていることが分かる。スクーでは一部の授業を除いて、「公認団体」と呼ばれる提携企業からコンテンツ提供を受けている。放送コンテンツを内製すると、多くのリソースが必要なためコスト高となり、フリーミアムモデルを支えることができなくなるからだ。

 その顕著な例がUSEN時代のGyaO!だろう。GyaO!は放送コンテンツを内製してしまったため、広告モデルによる無料放送を維持できなくなった。Yahoo! JAPANに譲渡されてからはコンテンツの内製を一切行わず、キュレーションサイトに徹することで生き残っている。

教育市場に「破壊的イノベーション」を巻き起こせるか

 日本の教育産業の市場規模は、約25兆円。それほどの巨大市場であれば、数々のプレーヤーが群がり、新しいビジネスを模索してイノベーションの嵐が吹きまくりそうなものだが、外から見る限り“凪いだ海”のように静かだ。もっとも、公的な教育の分野は国や自治体が絡み、数々の制度やルールに縛られているので、仕方がないのかもしれない。

 しかし、オンライン講座を代表とするインターネット教育の分野は、制度やルールの縛りが少ないにもかかわらず、まだパラダイムシフトは起きていない。ありがちなオンデマンド型の講座は、NHKや放送大学が従来から行ってきた放送による講座と何ら変わらず、リアルの教室がWebサイトに、媒体が放送からネットに置き換わっただけの話だ。

 だからこそ、リアルタイムコミュニケーションや学習ログといった形でインターネットの特性を最大限取り入れたスクーのやり方には期待も大きい。スクーが教育市場に「破壊的イノベーション」を巻き起こす日は、案外、近いかもしれない。

著者プロフィール:山崎潤一郎(やまさき・じゅんいちろう)

音楽制作業に従事しインディレーベルを主宰する傍ら、IT系のライターもこなす。街歩き用iPhoneアプリ「東京今昔散歩」「スカイツリー今昔散歩」のプロデューサー。また、ヴィンテージ鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」の開発者でもある。近著に『コストをかけずにお客さまがドンドン集まる! LINE@でお店をPRする方法』(中経出版)がある。


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