ビジネスの場では、顧客から“無茶振り”された……なんてこともよくある。相手との関係を傷つけたくない、と無条件で要求を飲むこともあるかもしれないが、これは交渉で最もやってはいけないことなのだ。
「○○君、この仕事やっておいて。明日の朝までに」
会社に勤めているなら、上司からこんな“無茶振り”をされた経験の1つや2つはあるだろう。相手との関係性にもよるが、理由をつけて断るなり、交渉して仕事を減らしてもらうなり、対策はいろいろある。しかし、その相手が会社の得意先だったらどうだろうか。
ビジネスにおいて、顧客との関係はもっとも気を遣わなければならないものの1つだ。関係性の悪化を防ごうと思うと、それがたとえ無茶ぶりでも断りづらい。しかし要求を飲めば、自分の仕事に支障をきたすのは分かりきっている――そんな板挟みの状況から脱するにはどうすればいいのだろうか。とあるシステムエンジニアを例に考えてみよう。
株式会社誠ITシステムズに勤めるエンジニア、吉村剛、35才。彼は今回、初めてプロジェクトマネージャーに抜てきされ、新しい顧客A社の会計システムを開発している。プロジェクトは順調に進み、半年が経った。A社は年度が変わると同時に新システムを稼働させる計画で、開発期間は残り1カ月。稼働を想定したテストも繰り返しており、今が一番忙しい時期だ。そんなある日、A社との定期ミーティングで先方の担当者から新たな要求が持ち出された。
担当者: 「大変申し訳ないのですが、仕様を変えて欲しいんです。上の方で新年度から会計のルールを変えることが急に決まってしまって……」
吉村: 「それはちょっと……。やるなら大がかりな変更が必要です。今までテストをしてきた1カ月が無駄になってしまいます」
担当者: 「そこを何とか。このままの仕様ではまったく使えないものになってしまうんです」
吉村: 「この段階で、急に言われましても……」
これまでも、先方から小さな仕様の変更を持ち出されたことはあった。吉村は小出しにされる変更依頼に“何でバラバラに連絡をよこすんだよ、面倒くさい”とイライラしつつも、A社との関係性を悪くしないように要求に応えてきた。しかし、今回の要求はそうした小さなものではない。どうすべきだろうか?
まず第一に二つ返事で「はい、変更します」とをするのはダメだ。一度でも相手の要求を無条件で飲んでしまえば、それは先例となり、相手から「こいつは押せば要求を飲むヤツだ」と思われ、さらに厳しい要求を突きつけられるだろう。こうした譲歩を重ねるたびに不利な関係は固定してしまう。そして気がつけば、相手から一方的に搾取される関係に陥ってしまうかもしれない。
仮に譲歩をする際には、必ず相手に何かの見返りを求めなければならない。見返りの方法はさまざまだ。仕様変更に必要な費用の負担、納期の先延ばし、完成後の慰労会といったことも考えられる。ともかく、相手に「タダでは要求を飲まない」と認識させることが重要なのだ。
吉村も「今回ばかりは」と相手に見返りを要求することに決めた。しかし、どういった見返りがよいのか思いつかない。これを定めるには、今回の仕様変更依頼が、相手と自分にとってどれだけの価値があるかをしっかりと考える必要がある。
先方にとってはこの仕様変更は死活問題かもしれない。吉村にしてみれば、初めて任されたプロジェクトということもあって絶対に失敗したくないし、得意先であるA社との関係性を悪化させれば、他のプロジェクトにも迷惑をかけてしまう。こういった場合、これまでの事情に応じて、2つの方向が考えられる。
まず、吉村が顧客に事前に十分な情報を提供しており、急な仕様変更が出てきたのは顧客の落ち度と考えている場合だ。この場合は、相手の要求に値付けすればいい。追加費用を見積もり、担当者に支払うよう要求したり、次の案件を確約させるなど、別の形で補ってもらうのだ。しかし、あくまでこの要求の目的は「同じような無茶振りが2度とないようにする」ことに他ならない。
もし、こちらに落ち度や仕方がない事情があると考える場合は、相手から小さな譲歩をもらいながら、自分の損害が少なくなるよう、細かい交換を重ねよう。
このときに大切なのは、徹底して相手の立場で考えることだ。例えば、要求に応えた結果、追加の費用をA社からもらうのは厳しいかもしれない。しかし、A社のWebサイトに事例を掲載してもらうのはどうだろうか。これならば比較的A社のコストは少なく、要求に応じてくれる可能性が高くなる。A社にとってコストが低く、吉村にとって価値が大きなものを探して交換する。これが不利な状況下でも交渉を進める極意なのだ。
いかがでしたか? 相手との力関係に負けて、無条件で要求を受け入れてしまった経験は多くの人が持っているのではないでしょうか。交渉術というのは頭で分かっていても、実践ではなかなか上手くいかないもの。実際にトレーニングを行い、練習をしなければ身につきません。記事では書けなかったテクニックもたくさんあるのです。
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