普通の社会人が少数派になる満員電車にサヨナラする方法

近い将来、「普通の社会人」と見られていた正規社員の人たちが、いつの間にか少数派=マイノリティに転換している。そんな時代が訪れようとしています

» 2014年02月10日 10時00分 公開
[秋好陽介,Business Media 誠]

集中連載『満員電車にサヨナラする方法』について

 本連載は、2013年12月21日に発売したランサーズ代表、秋好陽介著『満員電車にサヨナラする方法〜時間と場所にとらわれない新しい働き方〜』(ビジネス社刊)から一部抜粋、編集しています。

 ブロガ―ちきりんさんやグロービス代表の堀義人氏も推薦! 日本初のクラウドソーシングサービス「ランサーズ」の代表、秋好陽介氏が提案する時間と場所にとらわれない新しい働き方とは?

 インターネットが普及している現在、出社しなくてもできる仕事は珍しくありません。もしかしたら「この通勤時間を仕事時間に使えたら、どんなに生産的だろうか」「通勤時間を労働時間に変えれば、家族と過ごせる時間が増えるのに……」「通勤時間を労働時間に変えれば、プライベートをさらに楽しむことができるのに……」と感じたことがある人もいるのではないでしょうか。

 世の中の人々が自分の価値観、好み、感性のおもむくまま自由に生きられる、そんな面白い時代が、すでに始まっています。


 私は労働とは楽しいものだと思っています。もちろん、きついことも嫌なこともあります。しかし何かの仕事をやり遂げるのは充実感や達成感を得ることができます。社会や人の役に立つ仕事をすることによって喜びを感じるのが人間です。

 ここで想起されるのが、アメリカの心理学者マズローの『自己実現理論』です。「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものです。これは、「マズローの欲求段階説」として、ご存知の人も多いのではないでしょうか?

 まず人間には睡眠・食欲・排泄といった生理的欲求があります。その後、安定や安心といった安全の欲求が起こります。前記の2つの欲求が満たされると他者に受け入れられたい、どこかに属していたいという所属と愛の欲求に移行します。すると今度はその組織で認められたいという承認(尊重)の欲求が起こります。

 それらが満たされても、能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求、つまり自己実現の欲求を満たさないことには、『自己実現者』たりえないというのがマズローの主張です。

 私のつたないマズロー理解として、最終的に人間は自己実現の欲求に向かうものであると考えます。そのために人間は生きていると断言しても過言ではないでしょう。それなのに、いまのように働く人たちが楽しんでいない、ストレスで疲弊するばかりという職場環境はおかしなことだと思います。

 いったいなぜ、こんな世の中になってしまったのでしょう。会社だって、従業員を使い捨てにしたいわけではないはずです。俗に言う「追い出し部屋」を使って、解雇したい従業員が自ら退職を申し出るように仕向けるなどということを、楽しくてやっている上司がいるとは思えません。どこの会社でも、「社員のやりがいを持って働けるように」とか、「適材適所の人事」とか、「個人の能力を引き出す」とか言っています。そこに嘘はないと思います。

 ただ現実は、それどころではないのでしょう。会社も、従業員も、決して望んでいないのに、企業社会が情け容赦のないサバイバルレースみたいなことになっています。要するに、企業社会というものがもう機能しなくなってきているのではないでしょうか? 現在の労働力のほとんどは、企業社会の中に存在しています。

 言いかえれば、働く人の持っている技術や能力は企業が管理しており、その能力を使って製品を作ったり、サービスを提供したりしているわけです。しかし一般的な企業では、労働力を抱え込む力がなくなってしまっています。成長力が鈍化しているし、ビジネスのスピードがどんどん速くなっているので、もういままでのような人数を抱えきれなくなっているのです。製造業の工場がどんどん安い人件費を求めて、東南アジアに移転していった理由です。

 正規社員のキャパシティはそれほど多くないのに、みんなそこに入ろうとするために、あぶれてしまう人がたくさん出ます。さらに、正規社員はまだまだ減っていっている最中なので、残った人もまたそこからぽろぽろこぼれていっているわけです。

 気がついてみたら、「普通の社会人」と見られていた正規社員の人たちが、いつの間にか少数派=マイノリティに転換しているのが実態です。それなのに国の政策も行政も、あるいは大学など教育機関も労働のあり方を変えるスピードは上がっていません。働いている本人でさえ、普通の会社でサラリーマンとして働くという労働のあり方に固執してしまっているようにも見えます。

 その逆に、就職難で企業社会に入れなかった人たちや、いったん入ったけどそこから落ちてしまった人たち、たとえば女性、フリーター、あるいは病気療養などで休職を余儀なくされた人たちなど、かつてマイノリティと呼ばれていた人たちが気付いてみたらいつの間にか多数派=マジョリティになる時代が来ると言われています。

 この人たちは、正規社員とほぼ同規模のボリュームになっています。そして、それぞれに何かスキルを持っていて、働く意欲も能力もあるのにその場がない状況です。もしこの人たちが自分の能力を発揮して生き生きと働ける場があれば、それだけで社会に大きなインパクトになるのではないでしょうか?

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